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甦る吸血鬼 The Absolute Silver Bullet  作者: 霧氷 こあ
甦る吸血鬼・下
21/30

逼塞アーカイブI

 重苦しい空気の中、各自部屋で休むことになり、瀬戸茜はホットコーヒーを持って冴木と萩原が使っている部屋を訪ねた。当然ながらみれいもついてきた。これでこの部屋にはミステリー研究会の四人が集まったことになる。

 茜とみれいはテーブルの前の椅子に腰掛けて、冴木と萩原はベッドに座った。

「煙草、吸ってもいいかしら」

 茜が既に煙草の箱を開けながら言うと、萩原が「どうぞ」と返事して灰皿を茜側に移動させた。

「さてと」茜は全く味の感じない煙草を吸って訊いた。「まず最初に、自首する人はいる?」

「なにを言っているんですの?」

 隣にいるみれいが顔をしかめた。茜は苦笑して髪を耳に掛ける。

「冗談よ」

「もう、心臓に悪いですわ……。それより、茜ちゃん。またイヤリング変わったんですの?」

「え? そうだっけ」

「腕時計も気になっていたんですけれど、よく買うんですの?」

「ああ、これは元カレから貰ったのよ。ピアスもそうだけれど、あたしってば自分でアクセサリー買ったことないからね」

「えっ、随分羽振りのいい彼氏さんですわね」

「やぁねぇ、アリスちゃん。元カレが一人とは限らないでしょう」

「ひえ……」萩原が声を漏らした。「じゃあ噂は本当だったんだ」

「ちょっと萩原、噂ってなによ」

「あ、いえ、何でもないです。それより、俺たちの中に犯人がいると茜さんは思っているんですか?」

「だから、冗談だって。ほら、冴木も何か言ってやって」

 冴木が目に見えて嫌そうな顔をしたが、テーブルに置かれたコーヒーにスティックシュガーを入れながら発言した。

「そもそも僕たちには動機がない」

「冴木先輩の言う通りですわ」

「特に僕と有栖川君は萩原と瀬戸先輩に誘われたんだからね。萩原は購読者で応募したから当選したと言っていたけれど、瀬戸先輩は?」

「まるであたしを疑っているみたいね」茜は煙草の煙で目を細める。「あたしは高校の時の友達から連絡がきて、急に実家に帰ることになって行けなくなったからあんたどうなの、って譲ってもらったのよ。あたしがミステリー好きなのはその子よく知っているからね」

「やっぱり、茜ちゃんも偶然ですわ。私たちと同じ境遇なのは天野さんと落合さんも同じではありませんの?」

 みれいがコーヒーをブラックのまま一口飲んだ。冴木はみれいの分として一応持ってきていたスティックシュガーを自分のコーヒーに混ぜている。砂糖を二本分も入れたら甘ったるい味になりそうだ、と茜は思った。

「あの二人にもどういった経緯で当選したのか聞かなきゃだめね。フリーカメラマンってのはともかく、占い師ってなんか胡散臭いし」

「確かに落合さんはちょっと不気味だな」萩原が腕組みして深く頷いた。「でもあの人、久美子さんの死体を見てしまったときに青ざめて嘔吐(えず)いていたし演技とは思えなかったぜ」

「分かんないわよ、演技かどうか見分けるなんて……アリスちゃんはどう思うの?」

「うーん、落合さんは確かに怯えていそうな雰囲気でしたわ。水晶玉をお守りみたいに撫でていましたし……」

「ふぅん。まぁ、これ以上は不毛ね。それより、当選者よりも注意すべき人物がいるわ。ここに来ることが最初から決まっていた人物」

「僕もその二人が気になっている」冴木がようやく甘ったるそうなコーヒーを一口飲んだ。「堂島博武と、折江名莉丘」

「あの二人はツアーの概要も知っているし、そもそもあたしたちのスマホを保管したのも彼らだからね。堂島さんと折江名さんって、幻霧館に来るのは初めてなのかしら」

「それは僕が堂島さんに聞いたよ。堂島さんは十年前に来たのが初めてだと言っていた。折江名さんは分からないけれど、まだ二十歳ぐらいだろうからないかもしれないね」

「ふぅん。なら堂島さん、クルーザーの鍵の場所も分かって当然だし、金庫も隠せられる。被害者とは面識があったわけだから、何かしらの恨みが動機かもしれないわね」

 今回の殺人は無差別殺人とは思えない。つまり、犯人はあらかじめ月ヶ瀬夫妻を殺すつもりでツアーに参加していた、という線が濃厚である。

 ミステリー研究会の四人は雅文さんとは初対面であったし、茜に至っては久美子夫人がいるというのも夕飯の席で少し耳にした程度だった。

 同じ理由だとすれば天野と落合も知らなかったかもしれない。だとすれば、必然的に知りえたであろう堂島と、企画段階で話を聞いている可能性がある折江名に疑いがかかる。

「どちらにせよ、それはまた事情聴取する必要がありそうね」茜は煙草を灰皿に押しつけた。「そしてそうやって考えていくと、当然のようにもう一人どうしても怪しい人物が浮き彫りになるわ」

「家政婦の水沼夕実さんですわね」

「その通り、アリスちゃん。なんせ彼女はここの家政婦であって、部屋を自由に出入りすることが出来るのよ」

「それはそうですけれど……」

「久美子夫人に関してはほとんど寝たきりというか、世話をしっ放しだったんでしょう? 介護疲れとか、動機になりそうだけれど。弱いかな」

「でも私なら、殺害してから部屋の鍵を掛けるなんて絶対にしませんわ」

「そこなのよねぇ……どうして犯人は部屋の鍵を掛けたのかしら」

 黙ってコーヒーを飲んでいた冴木が、カップを置いて口を開いた。

「なぜ施錠したか、ではなくて、施錠する必要があったんだろう」

「というと?」

「犯人を水沼さんだと誘導させたかったのか、あるいは、吸血鬼の仕業だと思い込ませて犯人探しを有耶無耶(うやむや)にするため」

「後者だとすれば、被害者の血を抜いたのも少なからず納得出来るわね。でもやっぱり水沼さんが何か関与している気がしてならないのよねぇ……」

「ならもう一つ、水沼さんのアリバイを僕が証明しよう」

「えっ?」萩原が素っ頓狂な声を出した。「賢、お前……アリバイなんて言葉知っていたのか。そういうのに無頓着だったのに」

「ちょっと知る機会があったんだよ。それよりまず、今朝届いたメールは皆確認しただろう?」

 茜はポケットから携帯を取り出して操作した。メールの受信ボックスから、今朝のメールを開封する。

「恐らく犯人が送ったとされるクイズメールね。銀の弾丸がどうかしたわけ?」

「着眼点の違いだね」

「は?」

 なんのこっちゃ、と茜は足を組んだ。

「このメールには、レベル三と表記されている」

「それは、クルーザーでレベル二までやったんだから続きなんでしょう?」

「うん。でも、途中から操舵室にいた僕には堂島さんの声は聞こえなかったんだよ」

「あっ!」みれいが手のひらを合わせた。「水沼さんにはクイズが徐々にレベルアップして出題されていることを知る術がなかった、ということですの?」

「そうなるね。操舵室から堂島さんの声は聞こえず、水沼さんはガラケーを支給されていないからメールを読むこともできない。少なくとも、今朝のレベル三メールが来るまでの間に誰かがメールを見せたり、レベルアップの旨を説明しているのは確認していない」

 またしても、水沼犯人説に(もや)がかかった。

 茜はメールの内容を読み返してから閉じると、ポケットにしまう。

「なるほどね。でも水沼さんが犯人じゃないとすると、どうやって密室を作り上げたのかしら」

「それに関しては情報が圧倒的に足りない……としかいいようがないね」

「うーん、そうね、物的証拠がないんだわ。冴木、ちょっと萩原借りるわね」

「うん?」萩原が首を傾げた。「俺?」

「勝手に借りていっていいよ」

 冴木が関心なさげに応じたので、遠慮せず萩原を借りることにした。

「ちょっとちょっと、茜さん。俺の人権は何処(いずこ)に?」

「何よ、あたしについてくるの嫌なわけ?」

「そうは言ってないです……」

「なら、決まり。今日限りあんたをあたしの助手にしてあげるわ。ワトソン君」

 萩原が渋々立ち上がった。冴木は片手をひらひらと振って見送っている。

「単なる雑用係だろ? また礼拝堂とか行くわけ?」

「礼拝堂?」冴木が片手の運動を止めて口を挟んだ。「そんなのがあるの?」

「ああ、賢には言ってなかったな。この館、地下があるんだけれど、ワインの詰まった樽がわんさか転がってて、礼拝堂もあるんだよ。何にもなかったけれどね」

「ふぅん……何にもなかった、ってそこには鍵がなかったの?」

「あったよ。あったけれど……茜さん、言っていいの?」

「構わないわよ。あそこ、ぼろっちい南京錠でしか施錠されていなかったからピッキングしたの」

 茜は白衣のポケットからヘアピンを取り出して見せた。それを見て、みれいが瞳を輝かせて恍惚とした表情を浮かべた。

「凄いですわ、茜ちゃん! そのピッキング技術で、密室は破れませんの?」

「無理よ。礼拝堂のは古い南京錠だったから出来たけれど、ここの扉はピッキングなんて出来ないわ。あたしが出来ないんだから、他の人も出来ないわよ」

 茜は白衣にヘアピンを戻すと、残っていたコーヒーを一気に飲み干した。

「さてと、何はともあれ証拠集めね。自分の身は自分で守るしかないわ。あたしと萩原で現場をもう一度詳しく見てくるわよ。冴木とアリスちゃんは他の人たちに話を聞いて動機になりそうなものはないか考えておいて」

「分かりましたわ」

 みれいの歯切れの良い返答の後に、冴木が溜息を吐いた。念を押さなくとも、みれいがいればきっと協力するだろうと思い、茜は部屋のドアノブに手を掛ける。

「さてと、探偵グレィ出動よ」

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