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甦る吸血鬼 The Absolute Silver Bullet  作者: 霧氷 こあ
甦る吸血鬼・下
20/30

蕭条フィアーⅤ

 萩原大樹は、堂島と折江名の使用している部屋で茜と一緒に椅子に座っていた。

 もう長いこと待たされている。堂島と折江名は忙しそうに部屋のあちこちを探しているが、発せられるのは「おかしいなぁ」という言葉ばかりである。

「本当に妙だな……ここにあったはずはのに」

 堂島がセンスのない帽子を右側のベッドのサイドテーブルに置いて、頭を掻いた。

 堂島側にあるサイドテーブルには帽子以外何もないが、折江名が探索している左側のサイドテーブルには鞄があり、水筒がちらりと見える。他にも机上には煙草の箱と灰皿があり、灰皿には銘柄の違う二つの吸い殻が放り込まれていた。恐らく堂島と折江名で吸う銘柄が違うのだろう。その灰皿を茜がひょいと奪い取ると、三つ目の銘柄がねじ込まれた。茜が一服終えたようだった。

「それで、まだ金庫が見つからないわけ? 小さい金庫とはいえ、ヘアピンみたいな小ささじゃないんだから、忽然となくなるなんてあり得ないでしょ」

 そういえば茜はヘアピンを白衣のポケットから出していた。無くしやすいから常備しているんだろうか。

「その通りなんですけれど、おかしいなぁ」

 堂島の歯切れの悪さに、茜が何度目かの溜息を吐きながら首元まである髪を掻き上げて耳にかけた。隠れていたイヤリングが存在感を示すようにきらりと揺らいだ。

「うーん。おい、莉丘そっちは?」

 堂島に名前を呼ばれた折江名は静かに首を横に振った。それを見て茜がまたしても囁いてきた。こんな時とはいえ、くすぐったいからやめて欲しいのだが口答え出来る身分ではない事は常々承知している。

「あの堂島さんも、誰かさんみたいに女の子を下の名前で呼んでいるわね。さぞ、仲睦まじいんでしょうよ」

「あの……なんでわざわざそんな言い方するんですか?」

「あんたはいつ天野さんと仲良くなったのよ」

「茜さんは酔っていたから知らないと思いますけれど、昨日の夕食のときにお酒の話で盛り上がって、その流れで。今朝の感じではコーヒーも好きそうだったなぁ。タレーランって知ってますか?」

「それぐらい知っているわよ」

 茜は退屈そうに再び煙草を取り出して火をつけた。

「無駄話が過ぎました……。それにしても、どうしますか? 茜さん」

「何がよ」

「ここまで探しても金庫が見つからないってことは、犯人が金庫を隠したんじゃないですか?」

「まぁ、そう考えるのが妥当よね。でもそうなるとかなり計画的な犯行ね。外部と連絡を遮断させるなんて」

「でもまだ、クルーザーがありますよ。幸い水沼さんは無事でしたから、一旦全員で戻ったほうがいいんじゃないんですか?」

「そうね。ーーさぁ、堂島さん。どうせもう見つからないと思いますから、食堂に戻りましょう」

「面目ない……」

「気にしないでいいですよ。犯人が悪いんですから」茜が大きく煙を吐いて煙草をもみ消した。「堂島さんが犯人じゃなければの話ですけれど」

 萩原と茜、堂島、折江名は結局なんの収穫もなしに食堂に戻った。

 食堂には冴木、みれい、天野がいた。家政婦の水沼と占い師の落合の姿が見えない。戻ってきた萩原たちを見てカメラマンの天野が「あれ?」と言って四人を順番に見た。

「金庫はどうしたの? 大樹さん」

「やられたよ。金庫がなくなったそうだ」

「え、そんなぁ。私のスマホ……」

「まぁまぁ、警察が来て調べればきっとすぐ見つかるよ。というわけで連絡が取れないから、水沼さんに運転してもらってクルーザーで一度帰ろう」

 萩原が宥めると、天野が悲しそうな表情のまま頷いて立ち上がった。

「今さっき、水沼さんとカイちゃんがキッチンに行ったばかりだから呼んでくるね」

「頼むよ。クルーザーの鍵も、水沼さんが持っていたあの鍵束にあるのかな?」

「さぁ、そこまで知らないよ」

 天野が肩を竦める。すると、突然みれいが立ち上がった。

「萩原会長、クルーザーの鍵は桟橋の納屋ですわ!」

「え? 何だって?」

「私あの納屋を見たんですけれど、中にクルーザーの鍵があったんですの」

「ああ……」冴木も立ち上がった。「色々あるって言っていたけれど、鍵もあるのか」

 みれいと冴木が玄関に向けて走り出したので、萩原も訳がわからないまま急いで後を追った。

 躰を動かしていると、二人の会話から桟橋の納屋にクルーザーの鍵があるらしいというのがようやく理解できた。だがしかし、なぜ走る必要があるのか。もしかして、犯人がクルーザーの鍵までも隠す、あるいは紛失させた可能性を危惧しているのだろうか。

 だとすると、どうなる?

 外部との連絡手段が断たれる?

 つまり、助けが呼べない。

 そして帰る手段もない。

 萩原は走りながら大きく舌打ちした。今までスマートフォンに頼りっぱなしで、こんな状況に陥った際の対応の仕方が全く分からなかった。ネットにすぐ繋がれる現代で、こんな閉鎖空間に閉じ込められるかもしれないと誰が想像出来ただろう。

 だが、まだそうと決まったわけではない。

 納屋にはもう冴木とみれいがいた。一縷(いちる)の望みを託して、二人の顔を見た。

「有栖川さん……賢。クルーザーの鍵は?」

「一足遅かったね」冴木が片手で額を覆った。「鍵はもうない」

「そんな……じゃあどうするんだ?」

「どうもこうもないよ。ここには漁船などは通らないらしいからね。閉じ込められたわけだ」

「なに冷静に言っているんだよ、本当にやばいじゃないか。殺人犯がこの島にいるんだぞ?」

「騒いでもどうにもならない、落ち着くんだ」

「これが落ち着いていられるかよ!」

 萩原が声を張り上げて身を乗り出した途端に、誰かに肩を強く掴まれた。

「全く、萩原らしくないわね」茜が息を切らしていた。「しっかりしなよ、ミス研会長でしょ」

「…………茜さんのせいでね」

 ようやく落ち着きを取り戻して一息つくと、館の方から水沼が走ってきた。みんなして走ってくる必要はないだろう、と萩原はどうでもいいことを思った。

「水沼さん。やっぱりクルーザーの鍵はこの納屋に置いてあったんですか?」

「は、はい。そうです。もしかして無いんですか?」

「そうみたいです」

「そんな……どうしましょう」

「仕方ないです。一旦戻りましょうか、状況を整理したい」

「はい……分かりました」

 水沼が踵を返して、茜も力なく後に続いた。

「なぁ、賢」

「どうかした?」

「何でクルーザーの鍵がここにあるって知っていたんだ?」

 萩原は、冴木からみれいと共に灯台を見に行ったついでに納屋にも寄っていたことを聞いた。

「なるほどね。ここにクルーザーの鍵があることを知っていたのは他に誰だと思う?」

「家政婦の水沼さんと……堂島さんなら何回か島に来たことがあると言っていたから、このクルーザーに乗るのも何回かあったかもしれない。だとすると、知っていたかもね。同様に、折江名さんも同じ雑誌記者で企画者なんだから、知りえたかもしれない」

「知らなかったのは俺と茜さんと、蛍ちゃんと落合さんか」

「僕もさっきまで知らなかったけれど」

「安心しろよ、賢。お前ははなから疑っちゃいないよ。殺人なんて出来るような顔してないからな」

「顔で分かるわけ?」冴木はポケットからいつもの動作で棒付きキャンディーを取り出した。「さすが名探偵」

「名探偵……か。犯人が吸血鬼なら、探偵役はさしずめ銀の弾丸だな」

「僕は銀の弾丸より、帰りの船が欲しいよ」

「ヘリコプターでもいいんじゃないか?」

「空を飛ぶのは、ちょっと怖い」

 そう言い残して冴木も館に歩き出した。

 最後に納屋の入り口にいたみれいが歩き出したかと思うと、急に立ち止まって海を眺めた。

「有栖川さん、どうかしたの?」

 一陣の風が吹いて、みれいのレッドピンクの髪が靡いた。

「クローズド・サークルですわね」

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