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甦る吸血鬼 The Absolute Silver Bullet  作者: 霧氷 こあ
甦る吸血鬼・下
18/30

蕭条フィアーIII

 瀬戸茜は再び萩原と久美子夫人の部屋に行き、雅文の内ポケットから拝借した鍵の一つを使って施錠した。

 廊下にいる堂島は落ち着かない様子で茜を見ており、その腕には折江名が恐怖に怯えているのか磁石のようにひっついていた。

「萩原、天野さんと落合さんはどこにいったの?」

「ああ、あの二人なら落合さんの方が気分が悪いって言い出したもんだから、蛍ちゃんが肩を貸して食堂のほうに引き返していったよ」

「ふぅん。天野さんとは下の名前で呼ぶほど仲良くなれたのね」

「えっ、それはその、ツアーをより楽しむために……ね」

「あっそ。じゃあもうここにいても意味ないし、あたし達も食堂に戻りましょうか」

 茜が手のひらを合わせると、堂島と折江名も承諾して歩き出した。それを確認した茜は萩原にそっと耳打ちする。

「二人を見張っておいてよ。あたしはアリスちゃんとこの様子を見てくるわね。水沼さんが起きたら食堂に行くわ」

「了解、今度こそ任せて下さいよ」

「頼りにならないけれど、任せたわよ」

 茜は萩原の背中を強く叩いて激励すると、雅文の書斎に向かった。

 書斎の隣の部屋が開いていたので顔を覗かせると、みれいと冴木、ベッドで横になって気絶したままの水沼がいた。

「あ、茜ちゃん」

 みれいが暗かった表情を無理に明るくして片手を上げた。冴木は無反応で固まったように腕組みしている。

「水沼さんは、まだ起きないの?」

「ええ、心配ですわ」

「大丈夫よ、しっかりした人だから。それよりこの鍵」茜はポケットから三つの鍵を取り出す。「水沼さんの鍵束と一緒にしときましょ。無くしたら困るからね」

「分かりましたわ」

「それで、アリスちゃんはどう考えているの?」

 みれいが鍵束に三つの鍵を付け加えると、首を横に振った。

「あのメールが、殺人を示唆していたような気はしたんですけれど……よく分かりませんわ。何が何やら……」

「そうね。でも、これは単純なことよ」

「単純、ですの?」

「だって、久美子夫人の部屋と、この書斎は鍵が掛かっていて窓も施錠されていた。いわゆる密室ね。だったら、鍵を持っている人が犯人と考えるのが妥当だと思わない?」

「ということは、茜ちゃんは水沼さんが犯人だと仰るんですの?」

「言い切れないけれど、それ以外に可能性はないでしょ」

 みれいは何か言いたそうに視線をベッドの上にいる水沼に向けた。

 すると、いつの間にか椅子に座って足を組んでいた冴木が異を唱えた。

「そう決めつけるのは早計だね」

「あら、お得意の推理?」

 茜はミステリー研究会での日常を想起する。数人のメンバーが執筆しているミステリー小説などの矛盾を指摘するのが、嫌々入会した冴木の役目のようになっていた。確かに彼の指摘は的を射ており、目を見張るものがある。

「お得意ではないけれど、まず疑問がある。もし水沼さんが犯人だと仮定すると、齟齬(そご)が生じるよね」

「どんな?」

なぜ彼女は鍵(、、、、、、)を掛けたのか(、、、、、、)。被害者の二人を除くと、自由に鍵を使えるのは家政婦の水沼さんだけだよね。だったら何故、自分がもっとも疑われる状況を作ったのか」

「確かにその通りですわ」みれいが頷いた。「水沼さんが鍵を掛けなければ、あるいは窓の鍵を開けておくなりすれば誰でも犯行が可能だと推測できますわね」

「うん。有栖川君の言うとおり。鍵を掛けるメリットがない。それに、鍵束を常に肌身離さずに持っていたのかもまだ分からないよね、瀬戸先輩」

「うーん、そうね。常に持っていたかどうかは聞いていないわ」

「それは水沼さんが起きたら質問するとしよう」

「でも、冴木。わざと自分が怪しまれるようにしたとも考えられるんじゃないの? 血を抜き取ったのだって、吸血鬼の仕業だと思わせたかったのかもしれない。吸血鬼にとっては鍵の掛かっている扉なんて、僅かな隙間から霧になって抜けれる無意味なものだからね」

「一理あると言いたいところだけれど、その可能性もないと思う」

「どうして断言できるわけ?」

 冴木がポケットから棒付きキャンディーを取り出して包みを解いた。

「目先の現状にばかりに目を向けていると、真実が見えないものだよ。まず、どうしてこの(、、、、、、)タイミング(、、、、、)で殺人を行ったか(、、、、、、、、)、なんだよ」

「あっ……そういうことね。なるほど、うん。そうか」

「あの……」みれいがおずおずと手を挙げた。「どういうことですの? 茜ちゃん」

「えっとね、水沼さんが犯人だとしたら、何故わざわざあたし達がミステリーツアーでここに来るタイミングで殺したのかって話になるのよ。家政婦として長く雇われていたんだから、もっと良いチャンスが必ずある筈だわ」

「突発的な犯行という線はないんですの?」

「もしそうだとしたら、わざわざ血を抜いて失血死なんてさせないわよ。カッとなって殺すなら大抵凶器を用いるわ」

「確かにそうですわね……となると、犯人は水沼さん以外の人物ということですの?」

「断言は出来ないわ。だって密室なんだから……ああ、罪を着せようとした線もあるわね。はぁ、もう。いやんなっちゃうわね、新年早々」

 茜が溜め息を吐くと、冴木が棒付きキャンディーを味わいながら立ち上がった。

「お目覚めみたいだね」

 冴木の視線の先では、気絶していた水沼が頭に手を当てて起き上がるところだった。

「良かった。水沼さん怪我はない?」

 茜が優しく訊くと、水沼は辺りをきょろきょろと見渡してから小さく頷いた。

「私は大丈夫です。その、私の部屋まで運んでくださったんですね。ありがとうございます」

「あ、ここ水沼さんが使っている部屋なの?」

「はい……お手数をおかけしました」

「あの、水沼さん。鍵束ってずっと持っていたんですか?」

「もちろんです。紛失することなど許されませんから、部屋で休む時は机の上に置いていますけれど、部屋の鍵はいつも閉めています」

「うーん、ということはやっぱり自由に出入り出来たのは水沼さんしかいないってことになるわね」

 水沼が青ざめた表情でベッドから出て立ち上がると、茜の手を取った。

「私は決してやっていません。今まで仕えていてそれに……あ、すいません」水沼が手を離してお腹に手を添えた。「あの、私が気絶した時、床に倒れてしまいましたか?」

「え? ああ、ええと、それならアリスちゃんに聞いたほうがいいわね。どうなの、アリスちゃん」

「水沼さんは私が支えていましたから、すぐにソファーに横にしましたわよ。もしかして、どこか痛むんですの?」

「い、いえ。大丈夫です。本当にありがとうございました。えっと、他の皆さんは?」

「食堂に集まっていると思うわ」茜は腰に手を当てて鼻を鳴らした。「さて、一旦食堂に行きますか、皆心配していると思うしね」

 みれいが再び水沼を気遣う様に並んで部屋を後にして、茜も廊下に出た。冴木が黙ったまま棒付きキャンディーを口に頬張って茜の後ろをついてきた。

「あんた、まだ何か考えているの?」

「うん。なぜ犯人は血を抜いたのかと思ってね」

「見立て殺人よ」

「吸血鬼がやったように見せたかったということだね?」

「そうよ。それしかない……いや、もう一つあるわね。本当に吸血鬼が存在していたという仮説」

「なら、魔除けの効力は無かったわけだ」

「魔除け? ああ……確かにどの部屋にも十字架が掛けられているわね。でも、窓とかの隙間から入ったのかもしれないわよ」

「さっきも言っていたけれど、吸血鬼は霧になれるんだって? 他には何になれるの?」

「うーん、詳しくはないけれど蝙蝠(こうもり)とかにもなれるんじゃないかな」

「ふぅん……吸血鬼なら可能、か。犯人の思惑通りってことだね」

「あら、冴木は吸血鬼を信じていないのね」

「吸血鬼はわざわざメールを送ったりしないと思うよ」

 冴木が僅かに苦笑した。茜は送り主不明のメールを思い出して「確かに」とつられて苦笑した。

 食堂には堂島、折江名、天野、落合、萩原が座っており、テーブルにある料理は全く手がつけられていない。

 沈痛な面持ちで座っている面々に、茜はまず最もすべき事を開陳した。

「さて、堂島さん。皆のスマホを返してもらいますよ。警察に連絡して、すぐにきてもらいましょう」

 堂島は急な出来事でまだ頭がうまく回っていないのか、理解するのに数秒を要し、ようやく合点がいったように立ち上がった。折江名も一緒に席を立ったので、念のために茜も同行することにした。

「萩原、あんたもついてきなさい」

「えっ、何で俺が」

 茜が他の人に聞かれないように萩原に囁いた。

「誰が犯人か分からないし、企画者が共犯とかあり得そうでしょ? 今日だけ、あんたはあたしの助手兼、ボディーガードね」

「は、はぁ……」

 死にかけの顔をした冴木や、戦闘力の乏しそうなみれいより無駄に背の高い萩原のほうが使えそうだった。

 颯爽とその場を後にしようとして、ふと視線の端に落合の水晶玉が見えた。

 落合は白蠟(はくろう)じみた顔で唇を動かす。

「吸血鬼がやったに違いない……」

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