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甦る吸血鬼 The Absolute Silver Bullet  作者: 霧氷 こあ
甦る吸血鬼・上
15/30

呪詛呪縛ドグマII

 月ヶ瀬雅文は、一部欠損している三人の娘だったものたちを運びだした。

 ワインセラーにある木樽に空のものが幾つかある。樽の蓋を何とか開けてバラバラ死体を放り込んだ。その時に気付いたが、三女の佳織は上半身と下半身も切り離されていた。吸血鬼が初潮を迎えていない躰だと勘付いて諦めたのか、理由は不明である。

 何はともあれ、死体の処理が問題であったがこの樽ごと荼毘(だび)()せることにした。

 樽に死体を放り込む作業が終わると、途端に眩暈がした。過度の寝不足で、ただでさえ娘たちを殺害してから雑誌記者の堂島と取材をしていたのだ。疲労が安堵のせいか一気に襲ってきた。衰弱した躰ではこれ以上の作業は困難に思えた。

 雅文は冷や汗を拭って、ひとまず樽をワインセラーの一番奥に安置した。ひとまず書斎へ行こうと思ったが、体力の消耗のせいか吐き気や頭痛までも襲ってきた。

 震える足を叩いて、何とか階段を上って一階に出る。そのままバスルームへ行って血と汗を流した。

 衣服を持って寝室に辿り着くと、大きく深呼吸して倒れるようにベッドに横になった。


 ほんの一時間程で悪夢にうなされ目が覚めた。

 吸血鬼に血を吸われる夢。

 まだ雅文の躰が非現実的な現象に対応しきれていないようで、ひどく興奮しているのが分かった。

 重い躰を起こして部屋を出た。幸い、雑誌記者の堂島は二階で休んでいるのか全く出会わない。好都合だった。

 一瞬浮かんだアイデアと今回の吸血鬼再誕のことを生かすべく書斎に向かおうとした。しかし、すんでのところで妻の久美子の部屋に向きを変えた。

 鍵を開けて中に入る。

「あ、お兄様」

 妻が笑顔を見せた。寝たきりではあるが、元気そうである。

「気分は大丈夫か?」

「ええ、おかげさまで」

 妻は顔をこちらに向けてはいるが、視線はどこか遠くを捉えているようだ。

「お兄様、いい本は書けましたか?」

「ああ……だが、大幅に推敲し直すことにした。事実は小説より奇なり、だった」

「そうですか」

「吸血鬼を覚えているか?」

「吸血鬼なんていませんよ」

 妻がきっぱりと言い放った。雅文の視線と妻の視線は、いつのまにか魔除けの十字架に巻き付いているウロボロスの輪のように絡まっていた。

「吸血鬼は、再びこの地に降り立ったよ」

「それより、娘たちは?」

「娘たちのことは覚えているのかい?」

 雅文が観葉植物の葉を撫でながら訊いた。妻は骨張った指を一本ずつ折り曲げる。

「英梨と、奈緒と、佳織」

「でも、そんな娘たち(、、、、、、)はいないよ(、、、、、)

「そうですか。ところで、誰か来ているんです?」

「ああ。邪魔なようなら早く帰すよ」

「お兄様はいつ大学に行かれるんです?」

「もう大学には行かないよ」

 禅問答のような会話が終わり、妻が目を閉じた。静かにお腹をさすっている。

 一族の呪いのため、嫁をもらえなかった雅文が妹の久美子と夫婦(めおと)として生活したのは、生贄となる男女を産ませるためである。

 雅文と久美子のような人間を作らなければならない。祖父に言われる前から、そんな気はしており不思議と抵抗はなかった。歴史的に近親婚は地位や財産の散逸を防ぐために西洋では王族、貴族間で慣例的に広まっていた。まさにその例のように代々受け継がれてきた意思なのか、呪縛なのか、使命なのか、生きていく過程の一部と認識して雅文は妹の久美子を孕ませた。

 病弱な久美子が帝王切開で産んだ子供は双子の女の子だった。

 帝王切開は好ましくなかった。開腹に限度があると説明されたためである。平均的には三回ほどが限度と言われているが、久美子の軟弱な躰では出来ても二回と宣告された。弱々しい躰なのは、雅文も同じであり、それは近親交配による弊害であった。弊害とは、血縁が近いため劣性遺伝子を永年継承した先祖の呪詛である。

 程なくして産まれた第三子がまたしても、女。

 雅文は憤りを隠せなかった。しまいには聞き慣れない病で不妊病に陥る久美子を役立たずだと罵りたくなった。こうなれば、何も知らない養子でもとって騙すしかないか、それともこの身に鞭を打って娘を孕ませるしかないのか、そんな普通ならば考えられない葛藤を強いられていた。夜通し考えていたが結局踏ん切りがつかず、頭を悩ませていた。

 そこで起こったのが、今回の吸血鬼復活である。

 むしろ女しか産めなかったのではない。女しか産まなかったのだ。流れる血の呪いが、今日この吸血鬼復活のために久美子の体内に女の(さが)を宿したのだ。そう考えれば、久美子は役立たずではない。もっとも月ヶ瀬一族に貢献した功労者である。

「久美子、ありがとう」

 妻は顔色一つ変えずに返答した。

「英梨と、奈緒と、佳織はどこにいるんだい?」

「そんな子はいないよ。居るのは……吸血鬼だけだ」

 雅文は諭すように言い残して、部屋を出る。鍵を掛けると同時に、室内から声が漏れてきた。

「吸血鬼なんていないわ」

 

 雅文は書斎に戻り、残りわずかな体力を絞り出すと六作目にあたる”その血は、誰がため”の製作作業を始めた。

 物語の根底を覆して、礼拝堂での一件を自分なりの解釈で混ぜ込みながら書き上げた。

 妥協したくない一冊は、よりリアリティを求めた一冊へと変貌した。

 死の束縛から解放された雅文は、満足げに葉巻を咥えた。胸の(つか)えがなくなり、快哉を叫びたかった。

 これでもう祖父の怨念や、生誕するかもしれない後胤(こういん)となる劣等遺伝子に頭を悩ませることもなく、今後執筆作業が二の足を踏むこともないだろう。

 それにしても何故、吸血鬼は娘たちの躰を等しく奪って顕現したのだろうか。

 そして吸血鬼はどこにいったのだろうか。

 吸血鬼は血を求めるのだろうか。

 えも言われぬ昂揚感と不安感が協奏曲を奏でて、雅文は椅子に腰掛けたまま深い眠りへと落ちていった。

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