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甦る吸血鬼 The Absolute Silver Bullet  作者: 霧氷 こあ
甦る吸血鬼・上
14/30

呪詛呪縛ドグマI

 月ヶ瀬雅文は、応接室で煙草に火をつけた。

 ほとんど無心のまま、勢いよく吸って吐く。単調な作業だが、ニコチンを摂取すると心なしか落ち着いた。もはや、精神安定剤のような役割を担っているあたり、躰に悪い物質だというのも頷ける。

「あの……」

 雅文の正面にある黒いテーブルを挟むようにして座っている雑誌記者の堂島が、上目遣いでこちらを見ていた。

「どうかしたかね?」

「い、いえ。何かあったのですか?」

 堂島が黒いテーブルの上を指差した。そこには灰皿が置かれていて、吸い殻が富士山のように聳えていた。

「ヘビースモーカーでしたっけ?」

「あ、ああ。お恥ずかしい。ちょっとこん詰めて執筆していたものだからストレスが溜まっていたのかな。もうこれで最後の一本にするとしよう」

 雅文は名残惜しさを感じながら煙草を大きく吸って、灰皿に押し込んだ。

「一服すると、リフレッシュしますよね。執筆は捗っていらっしゃるんですか?」

「ああ、新作も少し寝かせてから添削作業をするつもりだ」

 堂島は「おおっ」と関心を示して目を輝かせた。

「楽しみです。出版した暁にはまた取材をしてもよろしいですか?」

「君は本当に取材が好きだね。この幻霧館にも押しかけて……まぁ私が結局は根負けしたからだが」

「いやぁ、本当に感謝してもしきれません。こんな素敵な別荘をお持ちとは思いませんでしたから」

「ははは、しかし取材続きでは私も話すことがなくなってしまう。ほどほどに頼むよ、堂島くん」

「仰る通りです。では、長いことお話をしてくださってありがとうございます。ディストピアにコラムを載せるときは、また報告させていただきますね」

「ああ、そうしてくれると助かるよ」

 堂島は何度もありがとうございました、と頭を下げて応接室を出て行った。

 それを見届けて、雅文は再度煙草を取り出した。

 ずっと頭の中にこべりついているのは、礼拝堂に安置した死体である。娘たちがこの館にいることを、堂島は知らない。念のために地下一階の礼拝堂には南京錠を掛けておいたが、一抹の不安があった。

 雅文は応接室の時計を見る。午後三時を回っていた。

 早くも短くなった煙草を灰皿に押し付けると、ばらばらと山が崩れた。軽く舌打ちして、灰皿を片付けるのは後回しにすると決めて応接室を出た。

 地下に続く階段を降りて、今一度振り返る。誰もいない。誰にも見られていない。

 突き当たりまで進むと左手に礼拝堂に続く扉がある。南京錠は閉まっていた。

 雅文はポケットから鍵を取り出して南京錠を開けると、巻き付いていた鎖が音を立てて落ちた。それに紛れて、十字架の魔除けまで落ちてしまう。

「いかんいかん」

 雅文はすぐに腰を屈めて十字架を取った。十字架に巻き付いた蛇の装飾の下部に、何かが付着していた。

 手で触る。

 冷たい。

 赤い。

 血だ、と理解するのに時間がかかった。

 すぐに礼拝堂の扉を開け放つ。

 中に入ると、足元が滑った。

「うおっ……!」

 入り口付近が血でべっとりと汚れていた。無造作に散りばめられた血液は扉の裏側にも付着していた。いや、扉に血の塊を投げつけたかのような、そんな飛び散り具合だった。

 血に塗れて、グラスの破片があることに気付いた。反射して、青白くなっている雅文の顔が映り込んだ。

 はやる呼吸を何とか整えて、礼拝堂の扉を閉めた。血の海を後にして祭壇まで向かう。

 どくどく、と心臓が高鳴っている。今自分の躰の中にも、扉にこべりついているのと同じ血が流れているのだと思うと、むず痒くなった。

 寝かせていた場所に死体がなかった。

 しかしよくよく見ると、祭壇の裏手から、白い足が見える。おかしい、と冷や汗をかきながら裏側に回り込んだ。

「うっ……!」

 思わず後ずさって、血に濡れた靴のせいで尻もちをついた。痛みに構わず、なめくじのように地を這って後退した。

 祭壇の裏手に、娘たちはいた。

 しかし、状態が違う。娘たちは、躰の一部を(、、、、、)欠損していた(、、、、、、)

 最初に首を絞め殺した長女の英梨は、生首と下半身だけあり、上半身がなかった。生首は首を絞めたときの苦悶の表情を維持している。死後硬直なのか、それとも雅文に対する怨みのせいなのか、判断が出来なかった。首の断面からは生々しい管のようなものが垂れており、服は纏っているが切り離された下半身からは折れた骨が突出していた。

 吐き気を堪えて、雅文は次に扼殺した次女の奈緒を見た。

 奈緒は英梨とは別で、下半身がなくなっていた。下に着ていた服だけ、無造作に落ちている。血でべっとりと塗れていた。上半身からは下にあるはずの躰を求めるように血管のようなものと骨が突き出しており、千切れた肉片が血でコーティングされているのが見えた。触らなくても、ぶよぶよとしているのが伝わってきた。

 その隣に、泡を吐いて倒れていた佳織がいる。彼女は頭部がなかった。首の根元からは赤黒いどろりとしたものが垂れていたが血は少なく感じた。対照的に衣服の下腹部辺りが真っ赤に染められていた。

 雅文は吐き気を堪えきれずに吐き出した。

 上半身をなくした英梨。下半身をなくした奈緒。そして頭がない佳織。

 無くなった箇所を繋ぎ合わせると、一つの肉体が完成する。

 儀式は失敗したのだろうか。

 吸血鬼が甦ったのだろうか。

 だとしたら、吸血鬼はどこにいるのだろうか。

 はっ、と我に返って入り口の扉を見る。そして手に持ったままの魔除けに視線を落とした。

 吸血鬼は三人の娘から躰を拝借して、扉から出ようとした。しかし、魔除けが効力を発揮して出れなかった。

 その際に、扉に血が付いたんだ、と雅文は考えてこみ上げる胃液を飲み込んだ。

 では、吸血鬼は一体どこに?

 視線は自ずと近くの壁に吸い込まれた。

 そこは、佳織が逃げるために体当たりをしていた腐りかけていた壁がある。向こう側はワインセラーに続いていて、僅かな穴がまだ開いたままだった。作業途中にクルーザーの音に気付いて、放置していた穴である。

「そうか……霧になってここから抜け出したのか……!」

 雅文は全身に鳥肌が立つのを感じた。

 今一度、欠損死体を確認する。

 相好を崩して、口元が歪んだ。

 唾液が垂れる。

 自分の手で、唇に触れた。

 ぐっと、唇を噛んでみた。

 痛みが走る。

 夢ではない。

 絵本でもない。

 小説でもない。

 現実。

 必然。

 帰結。

 雅文は笑っていた。

 吸血鬼が甦ったのだ。

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