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甦る吸血鬼 The Absolute Silver Bullet  作者: 霧氷 こあ
甦る吸血鬼・上
12/30

迷走フラクタルIV

 萩原大樹は普段滅多に味わえない豪華な食事と、グレープジュースをたっぷりと胃に納めてお腹をさすった。

 食える時に食っておきなさい、と亡くなった婆さんの言葉を小さい時から鵜呑みにしている萩原は、いつも許容ぎりぎりまで胃に詰め込んでいた。そのおかげか、立派な体躯を手に入れて高校や大学では運動部への勧誘が激しく、主にバスケットボールなどの背が高い方が優位にたてるであろうスポーツに誘われた。一八◯センチは超えている身長は様々な場面で重宝して助かっているが、一つだけ困っている点があった。

 萩原はちらり、と正面に見えるみれいを見た。

 どうも先ほどから、横に座っている幼馴染の冴木と仲よさげに話している。萩原と冴木の一つ下になるみれいは、当初はお淑やかなイメージだったがひと月もしないうちに化けの皮が剥がれた。冴木曰く、世間ずれしている女の子、らしい。しかし、見た目は申し分ない。正直好みだったが、去年クリスマスパーティーを催した際に、あの二人だけが欠席した。それからというもの、何やら急激に親密になっている。あんなに見せつけられては立つ瀬がない。

 萩原は今度は右横を見た。

 一眼レフのカメラを携えている天野は、かなりアウトドアだろう。ファッションにはそこまでお金をかけているようには見えないが、カメラは一段と光り輝いており、いかにも高級品という感じだった。自分の趣味には惜しげもなくお金をつぎ込めるのだろう。

 その隣には、髪が長い自称占い師の落合がいる。落合は夜な夜な白装束を着て森の中で藁人形に釘を打っていそうな、そんな怖いイメージが第一印象だった。夜中に遭遇しようものなら卒倒する自信がある。だがその雰囲気も相まって、彼女が占いをして「貴方は明日死にます」などと言われれば間に受けそうな気がした。何とも不気味なオーラを纏った女性である。

 反対方向を見ると、前髪で両眼とも隠している折江名が料理を頰張っていた。小柄で若い彼女は日本人形のような奥ゆかしさを感じる。だが、一言も肉声を聞いていない。なぜメールでのやり取りでしか話せないのか、と質問するのは踏み入ってはいけない領域に立ち入るように感じて恐れ多かった。全くもってミステリアスである。

 更に視線を彷徨わせて動き回っている家政婦の水沼に照準を合わせた。

 水沼は三十代前半といった風貌だが、若々しさが残っている。細かな事に気を配って動いているあたり、まさに家政婦というのが天職のような人だった。丁寧に切り揃えられた黒髪は魅力的で、白のカチューシャが華やかだった。

 さて、この中で誰が俺になびくだろう、と萩原は真剣に考えた。

 萩原の悩みのタネとは女性にもてないことだった。昔は三高といって高身長はかなり良いステータスの筈なのだが、何故もてないのか。

 よりにもよって腐れ縁の冴木は死んだような顔をしているのに金持ちの令嬢と親しげになっているせいで、得体の知れない危機感を煽られていた。

 萩原は悩みながら向かい側に座っている茜を見た。

 茜は萩原同様に背が高い方で、一七◯センチはあるかもしれない。モデルのようにすらっとしてはいるのだが、医学部の彼女は研究や勉強、推理小説に没頭する毎日のようで美容に対する関心がまるでない。肌は少し荒れているし、髪の毛は櫛で梳かすなんてことは知らないように感じる。磨けば光るであろう原石だ、と萩原は思った。

 そんな茜の隠れた魅力に着目する男は、萩原だけではなかった。どうやら手入れを怠っている割には男が寄ってくるらしく、取っ替え引っ替え付き合っていると仄聞(そくぶん)していた。そんな茜に、このミステリーツアーの誘いをしたが全く相手にされず、挙げ句の果てに向こうも当選しているときた。流れるようにみれいを誘いにいったあたり、自分は彼女の興味の外にいるのだろうと断念していた。

 なんとも悲しい現実である。願わくば、誰でも良いからこの中で親密になりたい。そして、あわよくばお付き合いをーー。

 そんな下心を隠して虎視眈々としていると、幻霧館の主である雅文が席を立った。

「それでは、私はこれで」

 軽く頭を下げると、近くの扉に歩いていく。水沼が素早く歩み寄って扉を開けた。二言三言話してから、雅文が廊下に出て行くと、堂島と折江名も立ち上がって続いた。何やら取材でもするのだろうか。

 それを皮切りに、今度はみれいと冴木が立ち上がった。彼らの話し声の中で、灯台を見に行く、というのが辛うじて聞き取れた。またしても俺を出し抜いて二人で逢瀬を重ねるとは何とも破廉恥だ、と萩原は鼻を鳴らした。

「ねぇ、萩原」

 気付くと、隣に茜が座り込んでいた。

「何ですか? 茜さん」

「さっきからじろじろと辺りを気にしているようだけれど、どうかしたの?」

「えっ」

 ぎくり、と体が強張ったのを見抜かれたのか、茜が不敵に笑った。

「そもそもさ、何で初詣のときにあたしを誘ったわけ?」

「そ、それは……ほら、冴木と有栖川さんは仲良いからなんか誘いづらくて」

「ふぅん」

 そう言って茜は手に持っていたグラスを傾けた。

「ワイン飲みすぎじゃないですか?」

「いいじゃない、別に」

「まぁそうですけれど……ところで、何か用事があるから来たんでしょう?」

「そうそう、何かアリスちゃん達も探検しにいっちゃったみたいだから、萩原連れて探検しようかなって思ってね」

 萩原に期待の二文字が浮かんだ。完全に脈なしというわけでは無さそうだ。

「あ、言っておくけどね。あんたと親しくなりたいとか、そういう理由ではないからね」

 がくっと肩を落として溜め息を吐くと、茜が声を出して笑った。

「あー面白い。あんたって結構顔に出やすいタイプだからからかいやすいわね。アリスちゃんが冴木を困らせるのが楽しいっていうのがちょっと分かったかも」

「ちょっと……からかうのも程々にしてくださいよ。そんなこと言うと、探検に付き合いませんよ」

「まぁそう言わずに。こんなに、か弱い乙女を吸血鬼のいる館で一人にさせるつもり?」

 か弱いという単語とはかけ離れているように思えたが、蠱惑(こわく)な眼差しに射抜かれて言い返せなかった。

「茜さんにしては珍しく、吸血鬼なんて信じているんですね」

「別に……ただ、もしいたら挨拶ぐらいはしたいわよね」

「やめて下さいよ、気味が悪い」

「冗談よ、冗談。じゃ、なんか自由行動みたいだし館の探検しましょう」

 茜が残りのワインを飲み干して席を立ったので、萩原も仕方なく探検に付き合うことにした。

 食堂から廊下に出たが、寒さは感じなかった。暖房設備がしっかりしているのだろう。

 多少のアルコールのせいか、ご機嫌な茜に諾々とついていくと、茜がくるりと向きを変えた。

「萩原は吸血鬼を信じていないの?」

「唐突ですね、俺は信じていない……というか、この目で見ないと信じきれないんですよね。だから、未確認飛行物体とか、未確認動物とか、ポルターガイストとか、そういうのがどういった理論で口論されているのか気になるんです」

「ふぅん……じゃあ宇宙人はいると思う?」

「宇宙人、というか……宇宙外生命体ならいると思いますよ。要は、生命の定義の問題ですかね」

「あ、そういう小難しい話は遠慮。にしても何で、地球人はそんなに外の世界を気にするのかしらね」

 他愛もないことを話していると、突然茜が大きな声で「あ!」と声を荒げた。

「みてみて、下に続く階段がある。地下があるんだわ」

 茜が指差す方には、確かに階段があった。

「という事は、この館は地下一階と、今俺たちがいる一階、客室になってる二階があるってことか。うわぁ、本当に豪華さを極めているな」

「ちょっと見て行こうよ」

「勝手に行っていいのかな?」

「何も言われていないんだから別に構わないでしょ、さぁ、出発進行!」

 陽気な茜に腕を絡まれて、胸が高鳴るのを感じながら萩原と茜は階段を降りた。

 すぐ左手に、トンネルのようにかまぼこ状の空間が広がっていた。側壁にはレンガが貼り付けられていて、その前に木樽が並べられている。

「何だろ」

 茜が軽い足取りで木樽に近付いた。

「もしかして、ワインですか?」

 萩原が訊くと、茜が合点がいったように首を何度も上下した。

「凄いわね、ワインって冷暗所に保存するのがいいとはいえ、こんな大掛かりなものまで作るなんて……リッチだわ」

「茜さんはワイン、好きなんですか?」

 茜が再び萩原の腕に絡みついて耳元で囁いた。

「大好きよ」

 萩原がくすぐったさで身をよじると、茜がきゃっきゃっと騒いだ。

(全く……後輩をからかって遊ぶなよな、ちょっとその気になっちゃうじゃないか)

 萩原はにやけている茜を無視することにして先に進んだ。

「ちょっとー、怒っちゃったのー?」

「怒ってませんよ」

「怒ってるじゃん」

「怒ってなーーうん? 何だここ」

 萩原が急に歩を止めると、背中に茜がぶつかった。

「いったいな、もう。急に止まるなよ萩原」

「いや、何か大きな扉があるだけですよ。ここ」

 地下一階の奥は突き当たりになっていて、左手に大きな扉があった。取っ手には鎖が束ねられていて南京錠が付けられている。そこには当たり前のように十字架が掛けられていた。

「この南京錠、ぼろぼろね」

 茜が舌をちろりと出してから南京錠を指で触りだした。白衣の内ポケットからヘアピンを取り出すと、細い部分を曲げ伸ばして鍵穴に差し込んだ。

「えっ、何しているんですか茜さん」

「ピッキング」

「ちょっと、やめて下さいよ本当に……」

「この館の部屋の鍵なんかは無理だけれど、こういう古い南京錠はね、意外に簡単なのよ……っと。ほら、開いた」

 南京錠が外れて、鎖が音を立てて地に落ちた。

「さてさて、中は……?」

 茜は止まることを知らず、開いた扉から中に入って行ってしまった。萩原は来た道を一度確認して誰も見ていないのを確認してから、恐る恐る中に足を踏み入れた。

 そこは礼拝堂だった。

 長い木の椅子が左右に並んでいて、壁にはステンドグラスがはめ込まれている。神聖な雰囲気を漂わせている礼拝堂の奥には、巨大な十字架が飾られていた。

 先頭を歩む茜に追いついて、腕を掴む。

「マズイですよ、なんか部外者が入っちゃいけない所ですって」

「まぁまぁ、もう入っちゃったんだから仕方ないでしょ。それより奥に祭壇なんてあるわよ、ほら」

 茜が萩原の制止を振り切って祭壇の奥に回り込んだ。萩原も惰性で後に続く。

 そこには、床一面に魔法陣のようなものが描かれていた。

 茜がつまらなそうに肩を落とす。

「なーんだ、何にもない(、、、、、)じゃない」

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