プロローグ
登場人物一覧
♦︎幻霧館♦︎
月ヶ瀬雅文ーー小説家
月ヶ瀬久美子ーー絵本作家
月ヶ瀬英梨ーー長女
月ヶ瀬奈緒ーー次女
月ヶ瀬佳織ーー三女
水沼夕実ーー家政婦
♦︎ミステリーツアー参加者♦︎
堂島博武ーー雑誌記者
折江名莉丘ーー雑誌記者
天野蛍ーーフリーカメラマン
落合櫂座ーー占い師
♦︎ミステリー研究会♦︎
冴木賢ーー文学部二年
有栖川みれいーー文学部一年
萩原大樹ーー経済学部二年
瀬戸茜ーー医学部四年
波の音から逃げるように走っているうちに、日が暮れた。
靴を履いていないせいで足の裏はひどく傷つき、小石を踏むたびに顔を歪めた。
やがて、満天の星空に見下ろされていることに気付いて足を止めた。頼りない足の筋肉が痙攣しているように動いている。一度静止したせいか、また走り出すのが億劫だった。
何とか辿り着いた高架線の下に座り込んで、汚れてしまって白ではなくなったシーツを躰に巻き付けた。当然ながら冬の寒さは凌げず、呼吸が整う頃には思い出したかのように寒さが躰を蝕んでいった。
悴んだ左右の足のつま先を擦り合わせていると、砂利を踏む音が聞こえた。
素早く顔を上げると、見知らぬ男が不審そうにこちらを眺めていた。
「君、大丈夫?」
低い声が耳に届くころには立ち上がっていた。逃げなくてはならない。捕まってはいけない。
走れ、走れ、走れ。
「ちょっと待って!」
精一杯走ったつもりだったが、呆気なく腕を掴まれた。
「君、怪我をしているじゃないか。それにその服装……シーツしか持っていないの?」
男は心配そうに視線を下から上にゆっくりと動かした。
「お父さんかお母さんは?」
聞きたくない言葉に辟易してそっぽを向いた。
「家出……? それともまさか、捨て子?」
そんな陳腐な理由で存在しているわけではない。しかし、そう捉えられてもおかしくない状況だと理解した。
「とにかくおいで、大丈夫。頼れるところがあるんだ」
なすがままに抱きかかえられて車に乗せられ、辿り着いた場所は、白を基調とした清潔そうな建物だった。
男は建物の中にいた年配の女性と親しげに話していたが、すぐに建物の奥にある部屋に案内してくれた。
年配の女性が救急箱を持ってやってきた。
「すぐ消毒しようね。大丈夫、きっとすぐ治るわ。この程度なら跡も残らないわね」
見ず知らずの人間になぜそこまでするのか理解出来なかった。
滞りなく治療が終わり、ベッドに寝かされて暖かい毛布をかけられると、途端に眠気が襲ってきた。
張り詰めた緊張や、追われる恐怖、信じられない人間の心の闇、失った幸せ、そして重労働による疲弊のせいで泥のように眠った。
翌朝、男がまたやってきた。
「具合はどう?」
うんともすんとも答えずに黙っていると、年配の女性もやってきた。
「暫くはここで様子を見るわ。良かったら、買い出しを手伝ってくれる?」
「母さんは人使いが荒いな。仕事の書類をまとめなきゃならないんだが、この際仕方がないか」
男はなぜか嬉しそうに笑って手帳を出した。
「何買ってきたらいいのか、メモしてくれると助かるよ」
「ええ、もちろん」
年配の女性が手帳に何かを書き終えて部屋を出て行った。男は呑気に大きな欠伸をしている。
机上に置かれたままの手帳に手を伸ばして、一緒に置いてあったペンを勝手に使った。
乱雑に書き終えると、男がすかさず手帳を取り上げて書かれたものを凝視した。拙い文字で、ありがとう、と書いてあるだけなのだが、男は照れくさそうに笑っていた。




