10人目
10人目、篠原由香里!
〝戦場むくろ〟の偽名を使って生きていた死人の女、篠原由香里。そんな彼女にも波乱万丈な過去を持つ者の一人。篠原由香里と言えば、マーカマのメモ帳に書かれた戦場姉妹の詳細と同じ覧に書かれていた6年前の事件で一度名前が出ている。桜ヶ丘襲撃事件だ。これらの事件は後に桜ヶ丘学園を希望ヶ丘学園に改名を余儀なくされる出来事でもあり、希望ヶ丘学園の黒歴史として密かに囁かれてきた。一度桜ヶ丘学園の内容を振り返ってみる。
『篠原由香里・桜ヶ丘学園襲撃事件』
桜ヶ丘学園の目玉行事である〝自然を大切にしよう計画〟に一般市民として参加いていた篠原由香里は、決められた動物の保護と環境を大切にし、そのテーマである〝命〟について深く考え、その根本を追求し、正しい道へと導いてあげる桜ヶ丘学園の検疫委員より〝3つの指導者〟の発案者として学内有名であった。その後、希望ヶ丘学園の新入生として強い希望を胸に3つの指導者として検疫委員活動を実際に始動する段階まできていた。
――が、一つのある〝信じられない噂〟が学園中に流れていた。その内容は……
〝篠原由香里は過去に何度も自殺未遂をしていた〟
命の本来あるべき姿を問い、それを導こうとする立場であるからには断じてあってはならない過去。いいえ過去とも限らない。学園中が篠原由香里はただの偽善者だと追い詰めてしまった。断じて検疫委員の指導者ではないと、一夜にして生徒達の信頼を失ってしまった篠原由香里。それらの事が次第にエスカレートしてしまい、後にとんでもない大惨事を生んでしまったのだ。
その大惨事とは……
篠原由香里の偽造体が生徒達の間で作られ、校門前にその偽造体が首を吊った状態で発見されたのだ。
それらをきっかけに、篠原由香里は1年の桜ヶ丘学園生活に終止符を打つ事となる。
――その後に起きた事件が【篠原由香里・桜ヶ丘学園襲撃事件】となる。学園の生徒達を無差別に襲い掛かる篠原由香里。それを取り押さえようとした警官に対してひどい暴行を加え、結果的に警官による銃弾で射殺されて篠原由香里は死亡した。射殺は30歳男性の警察官によるもの。警察官によると、篠原由香里は拳銃を所持していたとのこと。だが、その拳銃はどこにも見つからず、裁判の最終判決では警察官の退職処分で完全に幕を閉じた。
現場の目撃証言は多数いたのだが、篠原由香里が所持していたと思われる拳銃を見た人物はただの1人もいなかった。目撃者の生徒達のほとんどが、篠原由香里の一方的な〝暴行〟が結果的に警官が引き金を引いてしまった原因だと語る。
上記内容がにより、湘南学園と桜ヶ丘学園が合併して後の希望ヶ丘学園に改名を余儀なくされる出来事になるのであった。
以上ここまでが舞園創の得た情報である。今回は、篠原由香里が事件を起こしてから死亡してしまい、戦場むくろの改名に至る彼女の〝過去〟を一部紹介。
場面移動
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6年前(篠原由香里編)
桜ヶ丘学園。午後四時四十分。放課後の校門前には、生徒達の会話があちこちから聞こえてくる。
「先生お疲れー」
「よーし、今日は歌っちゃうからね!」
「ていうかあの人最近花田君と付き合ってるらしいよ?」
「お前まだ手に入れて無いのか。これは初回限定だから早めに貰っておいた方が良いぞ」
生徒達がそれぞれ下校する中で下を向いて歩いている一人の女子生徒。
「見て見てあの子、例の偽善女よ!」
「最初は検疫委員に自主参加してて偉い子だなーって思ってたけど、今じゃただの気味の悪い子よね」
「どうするつもりなのかしら」
桜ヶ丘学園の生徒達となるべく接触しないように下を向いて遠回りする由香里。学園寮で生活をしている彼女に残された最後の友人は、訳あってルームシェアをしていた〝榊原光子〟。由香里と光子は中学の頃からの親友なのだ。
寮へ戻る由香里。靴を脱いで下を向いたまま彼女のベッド前で座り込む。シャワールームから微かにシャワーを流す音が聞こえてくる。
しばらくしてシャワールームから出てきたのは光子だ。タオルで髪を拭きながらパンツ一枚で部屋を巡回している。ベッドで横になっていた由香里に気付く。
「あら、帰ってたの」
「うん……」
髪を拭きながら何かを考えている様子の光子。
「あのさ、話をしても良い?」
「何?」
「あんたこれからどうするつもり?」
「…………」
「学園一有名で先生にも生徒にも絶大な支持を受けてたあんたが、一夜にして学園中の嫌われ者と化けてしまった。この事態を収拾するつもりはあるの?」
「さぁ……」
「私はあんたの一番の理解者だと思ってる。だからどうかしら。〝あっちの方のタイミング〟」
そう言うと光子が机の引き出しからパンフレットを取り出す。パンフレットに書かれている内容は以下の通り。
『不老不死への科学 人体冷凍保存計画』
篠原由香里の両親は、共に人体冷凍保存計画や、その後の蘇生術の先端科学の被験者として未来の科学に貢献してきていた。その後を追うように篠原由香里もまた、生命の未来を照らし出す光は科学でしか無いと訴え続け、〝死者蘇生〟を実現したいと思っている。彼女の将来の夢は科学者である事から、先程のパンフレットに書かれた内容に興味を持っていた。
パンフレットと共に同封されていた招待券。これは由香里の母親から、由香里の誕生日に送られてきた物だった。彼女に迷いは無く、直ぐにでも実験計画の被験者として参加したいと考えていた。その話を聞いた光子は最初のうちは反対をしていた。だが、両親と接する機会が少なく、今まで寂しい思いをしてきた由香里の気持ちも痛い程伝わってくる。光子が最後に出した決断は、由香里のやる事を信じる事。
間も無くして桜ヶ丘学園を退学した由香里。さっそく実験の正式な被験者の一人として人体冷凍保存・蘇生計画に参加した由香里。その初日にて、主な実験内容と条件、そしてこの実験において被験者に求められるものを伝えられた。
『一度死んで下さい』
あまりに唐突過ぎる内容に同様を隠し切れない由香里を他所に、今後の作戦を練っていく。篠原由香里という一人の被験者を通じてこれから行われる実験は……【969-8E61計画】
あなたはこれから人目のある所で騒ぎを起こして貰います。そこでは沢山の目撃者を作る事を目的とします。ある程度人が集まった所で派遣される男に殺されて下さい。勿論、本当に殺されるのではありません。あなたという存在を消して頂ければ良いです。何故あなたの存在を亡くなった事にしようと計画するのか。あなたには明日から被験者の登録番号にエントリーされた被験人として生きて貰うためにあります。被験者製造番号969-8E61として生きていく覚悟はありますか?
969-8E61という名で生きる覚悟はありますか。想像以上に厳しい実験になるだろうが由香里に迷いは無い。彼女の答えはYESだった。
後に与えられた名〝969-8E61〟では表社会で何かと不自由であると困らせた様子の由香里に対し、新たに与えられる被験者としての名。それは……
「969-8E61だと呼びにくいものね」
数字を眺める研究者が何かを思い付いた表情をして、969-8E61をひっくり返して見てみる。
「1938-696……いくさは……むくろ……」
この日を境に彼女の新しい名が決定する。彼女の名は【1(イ)9(ク)3(サ)8(バ)6(ム)9(ク)6(ロ)】
「969-8E61が存在出来れば、蘇生分野の科学は大進歩間違いないわ。そのためにも由香里には負けないでほしいの」
「お母さん……」
久しぶりに母親と対面した由香里は、会話の途中で涙をボロボロ流してしまう。
「6年後にまた会いましょう」
桜ヶ丘学園襲撃事件を起こし、派遣された警察官に殺されるという隠ぺい工作をした由香里と科学者ら。その後、冷凍保管された由香里は6年もの長い月日を人体冷凍保管所で過ごす事になった。その後、969-8E61として人体冷凍保存によって及ぼす害を調べたり、直接的な死人蘇生術の実験体になるのであった。
『お母さんはあなたを誇りに思うわ』
「お母さん……私負けないから。必ずこの実験を成功させて、人体蘇生が実現出来るような、輝かしい未来科学の架け橋になるから!」
『由香里……』
「篠原由香里……最後のダイイングメッセージを残します!」
「969-8E61が存在すれば近い将来、全生命の希望の架け橋となるであろう」
※後書き
篠原由香里は本名ではありますが、〝969-8E61〟が彼女の正式な名前になります。




