第二話 『 幼馴染 』
次の日
昨日の希望ヶ丘学園入学式の際に居た謎のオンナについては、結局何も思い出せなかった。そもそも彼女は創に何を伝えたかったんだか分からない。創の記憶障害によって彼女を忘れている可能性が高いが、最初から彼女を知らない可能性だって十分に有り得る。気味悪い式になってしまったが、本人に直接害を及ぼす事をしてきたわけではないので考えるだけ考えてもう忘れようと決めた創。
石川ナツと一緒に希望ヶ丘学園に登校する約束をしていた。二人の待ち合わせ場所にて。
「遅い、遅すぎる!――〝あいつ〟との待ち合わせ時刻を既に10分も過ぎているのに……一向に来る気配がない」
――更に10分後。
後ろから女性の声に呼ばれる創。10分遅れで待ち合わせ場所に到着したナツ。不機嫌になっている創を笑顔で乗り越えようとしている。創の眉間のシワは3分で解除されるのであった。
時間を進める。――希望ヶ丘学園に到着した創とナツは、彼らのクラス〝1A〟の教室を探していた。昨日創が倒れたのがきっかけで教室に行くことなく下校したので、二人とも自分の教室がどこにあるのか分かっていないからだ。
「あれ、ここB組だよね?」
「右隣はC組になってるけど、あれ?」
一番端の教室は教室と呼ぶには違い物置のような空間になっていた。そこには古くなった机や椅子、何が入っているか分からない段ボールの山、そして何故か古びた自転車が置いてある。
「空き教室?」
「どうやら此処は使われてないみたいだけど、そうなると……」
「A組はどこなの?」
二人が1A教室を探している最中カタッと何かが落ちる音がした。ナツの花飾りが落ちる音だった。ただの花飾りではない。ナツの彼氏から貰った誕生日プレゼントと言っていたが、次に聞こえたのはグシャッと潰れてしまう音。この音はもしや。
「ふ、踏んじゃった……」
「おい!」
「ごめん……」
「壊れた!――あんたわざとやったでしょ?」
「馬鹿言え!――そんな訳無いだろう!」
「だったら何であんたが私の花飾りを踏むのよ!」
「お前が落としたからだろ!」
「…………」
「そんな事より早くA組探さないとマジで遅刻扱いになるってば!」
「そんな事ってどういう事よ!」
そうだよな、ナツは亮介のことが好きなんだよな。大好きでたまらないんだよな。亮介の奴、元気にしてるかな?――この花飾りだって本当は……
フラッシュバック
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過去
創のもう一人の幼馴染【亮介】。幼い記憶を辿るため表現は曖昧めになります。以下当時5歳の創とその幼馴染【亮介】6歳の会話より。
「おーい亮君、見ろよこれ!」
「うひょー、でっけえカブトムシだな!」
「どうだすげえーだろ、ビッグだろ!」
「俺なんてお前にはまだ見せてないとっておきのでっけえ〝クガワタ〟がいるんだぞ!――こんなちっちぇえカブトムシなんか、ムシバトルでもやらせたら5秒で倒せるわ!」
「えーそんなー!」
「へっへーん。すごいだろ?」
「ねえ亮君、その〝クギタワ〟僕にも見せてよ?」
「〝クガワタ〟だ!」
クワガタだ。
シーン変わって
そこには6歳の創と創をを囲む年上の子ら数人で何やら盛り上がっている。見るからに創が数人の子供達からいじめに遭っている様子。話を聞くとナツと仲良くする創が気に入らない亮介は、これからはナツと仲良くするな、そうすればいじめはもうやめると言っている。以下創と亮介とその友達ら5人の会話。
「ハジメの母ちゃんでーべそ!――うんち漏らしでばい菌いっぱいなんだってー!」
体を震えさせながら黙り込んでしまっている創。
「見ろよーみんな、こいつ喋んないよ!――うんち漏らしでバイキンいっぱいなのは本当だったんじゃないかぁ?」
「…………」
「――何も言わないんだな。つまんね。お前のせいで俺までナツと仲良しだと思われてんだからな」
――とその時、遠くから女の子の声。
「あんたたち何やってるのー!」
「ゲッ、ナツだ!――お前ら逃げんぞ!」
「あんたたち、弱い者いじめはいくないよ!」
当時のナツはあの時本当は『僕は弱い者じゃない』って言いたかった。
シーン変わって
場所はとある公園。創が一人ブランコで遊んでいる最中に起きた悲劇。亮介が現れて、創の乗っているブランコを無理に押したり加速させたりしていた。必死の抵抗で背中を押してくる亮介に唾をかけた創。その直後!
事故は起こった。創は亮介に後ろから頭部を殴られ、加速したままのブランコから落ちてしまった。同じ公園で遊んでいたナツがすぐに駆けつける。号泣している5歳の創。
「――わ、悪い。落とすつもりじゃなかったんだ……」
「もう沢山、アンタとは絶交するわ。もう亮介と遊んじゃ駄目だからね。絶交したんだから」
「ゼッコウ?」
「そうよゼッコウ。今日から亮介の友達じゃなくなったから。今お母さん呼んでくるからアンタは此処で待ってて」
「亮君と友達じゃなくなるの嫌だ。こんなの痛くないもん。だからナツもりょう君も友達やめないで!」
大声で亮介をかばおうと出血の止まらない右足を隠しながら、大声でナツに考え直すよう訴える。その後少しの沈黙が続いた後、創の話を聞いていた亮介が一言。
「――今までお前のこといじめて悪かったな」
その場を後にする亮介。
フラッシュバック終了
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シーン戻る
亮介……今ではあいつも高校生なんだもんな。こんな花飾りなんてナツに渡すようになって二人は上手いこと付き合ってるみたいだし。まるで僕のヒーローを奪われたようだな。また会いたいな。
後に改めて謝ってきた亮介。それからも何だかんだで付き合いが続いていく。亮介とは小学校を卒業してから一度も会っていない。小学校卒業後、私立の学校に行った亮介とは何度か電話で連絡している位。
――幼き頃を懐かしむ創。――とそこへ一人の女子生徒が話しかけてきた。
「A組はそっちじゃないですよ?」
キンコンカンコーン!――チャイムが鳴る。その直後に先生より学園アナウンスでお知らせ。
「間もなく希望ヶ丘学園の入学式を始めます。新入生徒は速やかに体育館に来て下さい」
「あれ、入学式前にホームルームやるんじゃなかったっけ?」
「いいえ、今日は入学式をやってそれからホームルームになりますね」
「ハジメ、体育館だってさ!――急ぐわよ!」
「入学式?――入学式をこれからやるの、俺達が?」
「今の校内放送を聞いたでしょ。とにかく体育館へ急ぐのよ!」
そう言って走り出すナツ!
これから希望ヶ丘学園の新入生が入学式をやるって?――何を言ってるんだよ、入学式は昨日やったばかりじゃないか。
体育館には大勢の人が集まって立っている。その光景はまるで新しい何かを始めようとするかのようにして見渡す限りの人、人、人!――急いで携帯画面から日付を確認する創。昨日の入学式から1日過ぎている。次に確認するは周りの景色。覚えている限りの記憶を辿っていく。真っ先に思い出したのは謎のオンナの存在だ。
「昨日のオンナは此処に来ているのか」
もしも入学式がこれから行われるなら、あのオンナもあそこに居るんじゃないか?――二度も入学式をやるなんておかし過ぎるだろう。
真っ先に疑うは自分の記憶。どういう訳か、希望ヶ丘学園入学式の夢を見てしまっていた。これなら辻褄が合うだろうと思っていた創。しかし、昨日行った入学式の座席と同じ場所。両隣の人物も同一人物のようだ。
昨日と違う点を言えば、少しだけ式場に居る人達の人数が少なく感じる位。今見ている景色と昨日の入学式の記憶がほとんど一致している。創は自分の記憶を見つめ直して〝気になる場所〟に視線を向けた。
「あれ、いない……」
もう一度〝気になる場所〟を見る。――謎のオンナがその場所で創に何かを伝えてきたのだ。まるで静かにしろと言わんばかりのような。だがオンナの姿は見えない。何度も視点を戻し、オンナが現れないのを確認してから一息つく。だがしかし!
――周りの音が聞こえなくなってくような感覚。それは〝ある人物の足音〟が創の全ての集中力を持っていったからなのだろう。1人の足音が集中して耳に入る。謎のオンナがこれから行う希望ヶ丘学園入学式の舞台になる体育館に現れ、定位置に立つ。ゆっくりと創を見る。遠くから創を一点に見つめてから口元に人差し指を置いて、昨日の入学式と同じ〝静かに〟サインを伝えてくる。
「シーー」
数秒ほど目が合った。オンナの不気味な行動に耐えられなかったのか、大声で謎のオンナに問い掛ける創。
「な、何だよお前、言いたい事があるなら直接話をしたらどうだ!」
目の前に映っている光景が現実のものなのか、記憶障害による〝夢の世界〟のものなのか区別が付かないでいた創。あそこにいる謎のオンナは昨日の入学式とは様子が違う。彼女のその顔に血の気が感じられない。
「何なんだお前は!?」
『シーー!』
――静かにしろ。幻を見ているような感覚で何に脅えているのかさえ分からず、ただ目の前にある恐怖のようなものに耐える事が出来ない創は、そのまま目を閉じる。――次に目を覚めた時、彼は何処にいるんだろう。保健室か。自宅か。病院とか?――それとも……
繰り返される入学式!?
※後書き
希望ヶ丘学園には学園寮が存在します。が、主人公である舞園創は寮を利用していません。