心の天秤
心の天秤
「清水さん、SET0の他の隊員の目星はついているのですか?」
「うむ。SE監視機関には優秀な隊員が多いからのう。迷っておる。それに、それぞれの人間の持ち味を多面的に見て、バランス良く集めたいから、隊として本格的に稼働させるにはまだ時間がかかるじゃろう。君も良い人材を見つけたら紹介してくれ。」
「わかりました。隊員は全てSE監視機関の人間から選ぶのですか?」
「良い質問じゃな。実は気になる青年がおってな。偶然出会った者なのじゃが。SE監視機関に染まっていない者の視点もSET0には必要だと思うので、その青年の様子を見ておる。」
「新しい人材ですか。しかし、この特殊な仕事をするにはかなりの勉強と訓練を必要とします。時間がかかりますよ。」
「わかっておる。もちろん時間がかかるじゃろう。しかし、先入観のない者を加える価値は大きい。労力を注ぐ価値は十分にある。それに、SET0独自の訓練だけで育てる気はないし、そんな事はそもそもできない。SET0は存在しない部隊であるから、SET0独自の訓練のみを受けさせて、急に本部防衛部隊に引き抜く事はできないじゃろ。」
「そうですね。何もない所から急に本部へ勤務させるのは、目立ち過ぎますね。」
「そうじゃろ。じゃから、新訓練生に紛れ込ませて、通常の訓練を受けさせる。それに加えて、隠れてSET0独自の訓練をする。これなら、基礎部分は通常の訓練でできるし、SET0で行う訓練も短縮できる。その後、訓練生を卒業したら本部勤務に任命し、SET0として活動してもらう。我ながら完璧じゃな。」
なかなかスリリングじゃのう。と楽しそうにしている。
「清水さんの今、注目している青年はどのような人間なのですか?」
少し考えた後、語り始めた。
「その青年は大きな盾を携えている。その盾は己を守り、人を守る。空気を読み、人の気持ちをくみ取る力、優しい心、真面目で勤勉な努力家、寡黙で誠実、冷静。それらを材料に作られた盾じゃ。それは彼の良き個性であるが、その盾が大きすぎるが故に、彼を苦しめている。大きすぎて、自分を覆い隠しているように感じる。その為、他人の目からも、自分の目からも、自分自身が持っている個性が見えなくなっている。身動きが取れず、苦しい思いであろう。
わしはその青年に剣を持たせたい。自分をどこまでも信じる心、正しくないと思うものを批判する強さ、立ちはだかる敵を討ち倒す力。それらを材料とした剣じゃ。その剣は使い方を誤れば人を傷つける。彼はそれを恐れているのかもしれんな。しかし、彼には盾がある。その剣を正しく使う素質がある。盾と剣を手にしたとき、そこに現れる彼の姿をわしはこの目で見てみたい。
優しさと強さ。どちらが一方でもかけると、もう片方がその者の足を引っ張る。両方揃った時、天秤は絶妙なバランスを得て、安定する。彼は優しさが大きすぎて、足を引っ張っておる。その優しさに見合う強さを手にした時、天秤は美しく釣り合う。時間はかかるじゃろうが、わしはその時がくるのが楽しみでしょうがない。」
「そうですね。」
佐藤健二はまだ見ぬ青年に、心の中でエールを送った。