闇の中で見つけた、微かで、眩しいもの5
闇の中で見つけた、微かで、眩しいもの5
青葉涼は、待合室にいた。今日は人が多く、呼ばれるまでに時間がかかりそうだ。先ほどの診察室での老人の言葉が胸に響いている。涼も家族の誰かに自分の本音晒す事は少なかった。母親とは良く会話するのだが、本気で悩んでいる事を相談する機会はあまりなかった。
家族であっても、腹を割って会話するのは難しい。恥ずかしい気持ちがあったり、険悪な空気を作りたくないという思いがある。でもその気持ちを乗り越えて、会話ができるのが家族ではないだろうか。
家族の絆とは何か。家族の絆は自然にできあがってくるものだと思っていた。しかし、そうではなかったのだ。ぶつかり合う内にお互いの心を理解し、絆が生まれてくる。今回の事がなかったら、気づかなかった。今からでも間に合うかな。
「涼ちゃん、まだ呼ばれるまでに時間がかかりそうだから、飲み物でも買ってきたら?」
母親が小銭を渡しながら言った。
「うん。そうだね。ありがとう。」
素直に受け取ると、自販機を探した。しばらく探すと、自販機の前に椅子が並べられた休憩スペースを発見した。ここには人はいないようだ。待合室の人ゴミとは離れた、静かな場所だった。適当に飲み物を選ぶと、椅子に座り、足を思い切り伸ばして、大きくため息をついた。
「おお、ここにおったか。良かった良かった。」
近づいてきたのは、先ほどの診察室にいた老人だった。思わず体に緊張が走る。
「そんなに固くならんでも、大丈夫じゃよ。まあ、ついさっき爆弾を投げてしまった後だし、リラックスせいというのは無理な話じゃの。」
ふぉっ、ふぉっ、ふぉっと笑いながら、隣に座っても良いか聞いてくる。どうぞ、と答える声はまだ緊張している。診察室の時とは大違いの、穏やかで優しい空気をまとっている。
「さっきは申し訳なかった。君に聞かせるには酷な話だと思ったが、子供扱いしてあの場から追い出すのは、納得できない事じゃろうと思って、あえて君がいる時に話をしたのじゃ。つらい事をしてしまったが、君にもどうしても聞いてほしかった。」
すまなそうにそう言う老人と、あの時の診察室にいた時の老人とのギャップに思わず笑みがこぼれる。
「大丈夫です。あなたのお話は耳に痛かったですが、聞けてよかったです。今気づくことができてよかったです。私がいる時に話して頂いて、ありがとうございました。」
心からそう思った。診察にいた時は、恐ろしい老人だと思ったが、訂正だ。この人は誰とでも真剣に向き合う、本当に優しい人間なのだ。
「そうか。やはり、君に話をしたのは間違っていなかった。わしの話を真剣に受け取ってくれたようじゃ。その若さで、なかなかの器の持ち主じゃ。将来が楽しみだの。」
そんなに褒められるとむず痒い。いえいえ、そんなと恥ずかしがっていると、老人から名刺を渡された。そこには、独立行政法人 メンタルケア支援プログラム研究所 名誉会長 清水恭介と書かれていた。
「君はわしの言葉を真剣に受け止めてくれた。だから、わしも君と真剣に向き合う。もちろん、君のお兄さんとも、君の家族とも真剣に向き合う。絶対に見捨てない、何があろうとも。
こんな老いぼれ老人だが、だてに長生きしておらぬ。名誉会長というあまり頼りない肩書に見えるかもしれんが、実はかなり手強いぞ。自分で言うのもなんじゃがの。」
と笑いながら話した。“手強い”冗談めかして言っているが、直に清水会長と接した涼は、その言葉が冗談ではないことを知っている。
「よろしくお願いします。」
涼は立ち上がり、清水会長に頭を下げた。
「こんなかわいい子にお願いされたら、全力で答えるしかないのう。君の思いはわしがしっかりと受け取った。任せておきなさい。では、またの機会にお会いしよう。」
清水会長は涼と握手をした後、廊下の向こうへ去って行った。涼の問いに力強く答えた精神科医の宮田小百合さんの目、任せておきなさいと答えた清水会長の目、その目はこれから戦いに向かう戦士のような、力強い輝きを放っていた。