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ソウル  作者: 宮川心
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闇の中で見つけた、微かで、眩しいもの3

 闇の中で見つけた、微かで、眩しいもの3

 

「俊介!良かった。もう心配で心配で・・・。もう大丈夫なの?」

 

 涙ぐんだ声を出したのは、母親である。同時に父親の青葉隆と妹の涼も、俊介を案ずる声をかけた。呼び出したのは両親だけだが、妹も心配して駆けつけてくれたらしい。今日は土曜日なので、妹の高校は休みだ。

 

 しばらくして落ち着いた後、俊介は家族と伴に席に着いた。診察室には青葉家と清水会長、それから昨日の診察の際、俊介を見てくれた精神科医の宮田小百合が同席している。

 

「落ち着かれたようですね。突然の事で驚いたでしょう。」

 

 宮田小百合はしっかりしていて、落ち着いたベテランの雰囲気を醸し出す精神科医であり、年齢は40代に見える。

 

「青葉俊介君は、疲労が蓄積しているようですね。その為、体にも負担がかかっていたようです。

 念の為、点滴を打って一日だけ入院という処置をとりました。ただし、検査の結果、身体的には大きな異常は見られませんでした。その点は安心してください。」

 

 ただし・・・。宮田小百合は注意深く、間を空けてから話を続けた。

 

「俊介君から最近の体調の変化や、生活の様子等の様々なお話を聞かせていただきました。その結果から申し上げますと、青葉君はうつ病の可能性が高いと判断しました。」

 

 青葉家は俊介を除き、動揺の色を隠しきれない様子だった。俊介は既に説明を受けているが、家族がどのような反応をするか、緊張しながら様子をうかがっていた。

 

「ちょっと待ってください。それは確かなんですか?確かに疲れは溜まっていて、最近落ち込んだ様子でいるのを心配していました。

 しかし、就活を迎えているこの時期の人間は、誰でも落ち込むことはあるでしょう?それに、一回の診察で断定できる病気ではないでしょう。」

 

 青葉隆は動揺する心を抑える事ができずに、早口に反論した。

 

「その通りです。断定はできません。ですので、可能性が高いと申し上げました。しかし、私の経験から申し上げると、うつ病と判断して、早急に治療を開始すべきだと思います。

 確かに人間だれでも落ち込むことはあります。あなたのおっしゃる通り、この時期には特に頻繁にあると思います。それを含めて考えても、うつ病の可能性が高いと判断しました。

 青葉君の状態は一時的な気分の落ち込みと判断できる程、楽観視できるものではありません。気分転換で何とかなる段階ではありません。日常的に不安感、無力感、自責の念にさらされています。さらに疲弊したその心の状態が、体調にも表れています。

 不眠、食欲の減退、倦怠感、集中力の低下・・・等々。さらに青葉君は喘息を持っていますね。喘息の悪化も見られます。これほどの症状が見られるのに、一時的な落ち込みで片づける事はできませんよ。」

 

「そうですか。これからどのような治療をするのですか。今、俊介は大事な時期なんです。就活を続けながら、治療できますよね。」

 

 青葉隆は必死に同意を求めたが、宮田小百合は冷静に言葉を続けた。

 

「これからどうするのか。治療方針はあくまでも俊介君とご家族の意向に沿って決定します。

 しかし、私の意見としては休学をお勧めします。今の精神状態、体力を鑑みると、このまま就職活動を続けるのは困難であると思います。

 それにうまくいったとしても、就職がゴールではありません。今の青葉君の状態で、自分にあった企業を発見し、就職までこぎ着ける体力があるのかを冷静に判断しなければいけません。」

 

 こんなはずでは・・・。青葉隆から小さな嘆きの声がもれた。

 

「俊介は今まで、順調に人生を歩んできたんです。真面目に、頑張ってきたんです。今回の就活も頑張って乗り越えてくれると考えていました。

 どうしてこんなことに・・・。みんなと同じように、就職して幸せになってほしかったのに。」

 

 青葉隆の嘆きに、宮田小百合は苛立ちを抑えながら返答した。

 

「俊介君は頑張りました。頑張り過ぎたから、こうなったのです。お父さんのお気持ちはわかりますが、俊介君を非難するのは間違っています。

 それに、幸せの尺度は人それぞれ違います。俊介君にとっての幸せとは何か、もう一度考えてはいかがでしょうか。」

 

「いや、でも治療方針は我々の意向を尊重するとおっしゃいましたよね。治療をしながら就活をして、会社に就職して、普通に安定した生活を送ってほしいんです。」

 

 必死に食い下がる青葉隆に、宮田小百合が説明を続けようとした時、部屋が急激に張りつめたような空気になり、場が一瞬静まり返る。

 

「ふむ。少々、わしの意見を出しても良いかな。」

 

 場を引き締める空気は清水会長から発せられたようだった。無言の同意に、会長はうなずくと、ゆっくりと語り始めた。

 

「普通、安定という言葉は魅力的じゃな。しかし、この世に完全な安定というものは存在しないのではないか?

 全てのものが、不安定な土台の上に安定を築いておるのではないかな。長年、安定の上にいるとそのことを忘れてしまうがの。

 青葉俊介君は、今まで何事もたんたんと、こなしてきたそうじゃな。しかし、周囲の目にはたんたんと、こなしてきた優等生に見えても、青葉俊介君は様々な“不安定”な道の上を、必死になって安定して歩いてきたのではないかな。青葉君は周囲に心配かけまいという思いから、自分の思いや人間関係等の不安定な要素を誰にも相談せず、自分の手で“たんたん”と修正していたのではないかの。

 おぬしは、そんな子供のおかしな安定感を警戒すべきだったのではないか。このような安定感を保つのに、どれだけの不安定なものを内包しておるかを。不安定なものを押し殺したひずみが、やっと目に見える形で現れたのではないかの。」

 

 俊介の両親はいたたまれない表情を浮かべたが、会長はかまわず続ける。

 

「あなた方は、安定した空気を乱さぬように生活をしてきたようじゃな。その空気が子供らにも染み渡り、それぞれが抱える悩みという空気を乱すものを、家の中に持ち込めなくなっていたのではないか。

 あなた方が最後に子供の悩みに真正面からぶつかったのは、いつかの?子供たちが悩みや、いらだちをぶつけなくなったのは、いつからじゃ?」

 

 両親はもう何も言えなかった。

 

「家族というのは、ぶつかり合うという不安定な土台の上に、絆という安定したものを作るものではないのかな。」

 

 その言葉を投げると、清水会長は俊介に声をかけた。

 

「今日は疲れたじゃろ。少し俊介君と二人で話たい事があるんじゃ。ゆっくり休憩がてら、この老人の話相手になってくれんか。甘いものと飲み物付きじゃ。」

 

 さっきまでの空気は嘘のように弛緩し、清水会長はウインクをしながらそう言った。


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