表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ソウル  作者: 宮川心
10/32

闇の中で見つけた、微かで、眩しいもの1

 闇の中で見つけた、微かで、眩しいもの1

 

 青年は声をあげず、静かに涙を流し続けた。老人は泣き続ける青年をさりげなく、駅に整列する椅子へと導いた。駅の椅子に座るラフな格好の老人と、静かに涙を流す青年。しかし、その奇妙な2人に注がれる視線は無い。涙が枯れると老人がハンカチを優しく手渡した。

 

「この駅はええのう。時間が止まっているような静かな場所じゃ。目が回るような世間の時の中で生きていると、こうゆう場所が恋しくなる。」

 

 老人がハンカチを受け取ると、青葉は周囲を見渡した。ここは・・・、どこだろう。さびれた看板に目を止める。霞が浦駅かすみがうらえき。その駅には、平日の夕方にも関わらず、人ひとりいなかった。空気も澄んでいて、心が落ち着く。

 

「すいません。急に泣き出したりして、みっともないですよね。ハンカチありがとうございました。」

 

「あやまる事はない。今は涙を堪えてはいけない時じゃ。みっともなくもない。君の目から自然と流れた涙は、君の心が発するメッセージじゃ。そのメッセージを黙殺してはならぬ。

 心とはやっかいなものじゃな。傷がついても、目に見えぬ。肉体の損傷は目に見えるし、医療機器の発達で、体の内部の異常まで発見できる時代じゃ。客観的に見えるから、周囲の人間も理解し、対処する事ができる。

 しかし、どんなに医療が発達しても、心の傷は見えない。レントゲンにも映らんしな。自分にしか見えない傷じゃ。いや、自分にも見えない傷がある。心の傷を示す数少ないシグナルが涙じゃ。そのシグナルを押し殺したが故に、死んでいく心が後を絶たない。自分の感情を素直に受け取る事は重要じゃぞ。」

 

「ありがとうございます。」

 

 涙を流したからなのか、その老人の言葉に救われたのか、心が徐々に軽くなるのを感じた。

 

「おっと、いけない。老人の悪い癖じゃな。話が長くなってしもうた。まあ、この際最後まで付き合ってもらおうかの。」

 

 老人はおどけた調子でいう。付き合ってもらったのは私の方なのに、さりげなく負い目を感じさせないように気遣ってくれている。

 

「袖触れ合うも他生の縁というものじゃ。」

 

 そう言いながら、老人は一枚の名刺を手渡す。

 

 独立行政法人 メンタルケア支援プログラム研究所 名誉会長 清水恭介。

 

「はじめまして、清水恭介という者じゃ。堅苦しい肩書だが、要するに、政府公認のカウンセリングのプロを育成し、窓口相談や企業等へのカウンセラーの派遣を行う会社というわけじゃ。私はもう引退しておるが、名誉会長という形で居座っておる。」

 

 話には聞いたことがある。昨今のいじめ、不況、育児への不安、パワーハラスメント等々・・・。いつの時代も絶えることのない多種多様なストレスに対応する為に、もっと積極的にカウンセラー等を利用し、精神衛生面の向上をはかる。まだまだ、病院の精神科やカウンセリングを利用する敷居が高く、社会的な偏見が残る世の中である。国が後ろ盾となり、積極的に事業を展開することで、国民の意識を変える。そういった経緯でできた機関であっかか。つっかえながら、自分の認識が正しいか清水会長に話す。

 

「その通りじゃ。良く知っておる。ふむ、細かい説明はいらないようじゃな。」

 

 青葉も簡単な自己紹介を済ます。

 

「ふむ、青葉俊介君か。では青葉君。さっそくじゃが、君に提案がある。君の心の疲労度は限界を超えておるように見える。早急になんらかの手を打たねば、取り返しのつかない事になる可能性も否定できぬ状況じゃ。」

 

 そこで・・・。清水会長はゆっくりと言葉を続けた。

 

「提案というよりも、お願いじゃな。わしの会社に併設してある病院に診察を受けに行ってほしい。今すぐ、わしと一緒にな。」

 

「ええと、精神科という事ですか・・・。急に言われても、心の準備が・・・。」

 

「まあ、そうじゃろうな。じゃが、精神科専門というわけではない。総合病院じゃ。様々な病気や怪我に対応しておるから、目立つことはない。それぞれの科に分かれているわけでもなく、みんな同じ窓口で呼ばれる。呼ばれた後に、指定された番号の個室へ通されて診察を受けるから、自分の病気がばれる事は無い。プライバシーの管理は万全じゃ。」

 

 まあ、本当は精神科へ行くことを隠さねばならんような風潮を無くしたいのじゃが。色んな考えの人がおるからの。患者のプライバシーを守らねば、患者を危険に晒す事になりかねんからの。難しいのぅ、と悩ましげな表情を浮かべる。

 

「そうですか・・・。でも親に説明しないといけないし、どう説明したら良いか・・・。」

 

「わしが説明の電話を入れよう。診察の後にな。もうすぐ夜になるが、君は研究室に所属しておるのじゃろ。帰りが遅くなる事も少なくないはずだから、診察の後に電話を入れる形でも大丈夫じゃろ。」

 

 といいながら、清水会長は親に入れる連絡の筋書きを説明し始めた。

 

 とある駅で顔色が悪く座り込んでいる俊介を親切な老人が発見。偶然にも、近くにある病院に知り合いの医者が勤めていた為、老人はその医者と連絡を取り、病院にくるように指示を受ける。そして、病院まで老人が付き添い診察を受ける。その後、病院から自宅に連絡を入れる。筋書きを説明した後で、検査の結果、特に体に異常はない事を伝える。しかし、夜も遅くなるし、疲労度も高いようなので、今日は帰宅せずに病院で点滴を打って宿泊させ、明日退院させるので病院へ来るようにと言う。

 

「今日の診察の結果、もしも異常がなければそれで良し。そのまま、帰れば良い。しかし、もし問題があるとわかった場合、自宅に連絡を入れた後、筋書き通りに今日は宿泊し、明日両親が来たときにしっかり説明した方が良いじゃろう。」

 

 診察の後、何も問題が見つからなければ、そのまま帰宅し、研究で遅くなった事にすれば良い。もし問題があれば、診察後に清水会長の筋書き通りに連絡を入れ、精神科医、清水会長、俊介の3人で綿密に打ち合わせをして、翌日に家族と面会するという事に決まった。筋書きが少々回りくどいようだが、じっくり打ち合わせする為に時間を作るべきだと説明されたので、俊介は納得した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ