①王であるシグンド、妃であるブリュンヒルデ
冬の欠片を抱いた冷たい風と、春の温もりを抱いた暖かな陽気。
新たな始まりを感じさせる、そんな気候に包まれているのはセントミッシュ王国。
王国の北側に栄華を誇るように鎮座するは、王の住まうオルフェント宮殿。
謁見の間では、多くの貴族たちがさえずるように言葉を交わし、異様な熱気に包まれていた。
その中央で向かい合うのは玉座に座るシグンド王と、隣国の王女ブリュンヒルデ。
ブリュンヒルデは美しく編み上げた茜色の髪を見せつけるように頭を下げ、微笑んだ。
「シグンド王、ティルピッツ王の第二王女、ブリュンヒルデにございます。我が父王の望みである両国の安寧を誓うため、参上いたしました」
「シグンド・オルフェントである」
二人の何の感情もない形式的なやり取りに、近くに控えていた宰相が安堵する。
隣国との長きに渡る戦争は、セントミッシュに優位な形での停戦で合意した。
書面ではなく、妃を迎えることでその証明とした。
憎しみと好奇の目が二人に投げられ、祝福の空気とは程遠い。
形式的な挨拶で終わるはずだった。しかし、美しきブリュンヒルデが再び微笑むと言葉を紡いだ。
「偉大なるシグンド王、これから共に生きる妃を見下ろしたままでは居心地が悪くはございませんか?」
一瞬の静寂の後、貴族たちからの罵声が飛ぶ。
万が一を恐れた宰相は、周囲に指示をして騎士の壁を作った。
その壁の中でブリュンヒルデは微笑みを崩さず、シグンドから目を離さなかった。
しばしその様子を見ていたシグンドがふっと口の端を上げる。
「ブリュンヒルデ殿、戦いには常に勝者と敗者がいることはお分かりか?」
「はい、存じております。そして私は今日より陛下の妃です」
こらえきれず、シグンドの口から笑いがこぼれる。
玉座から立ち上がり、ブリュンヒルデへと手を差し出す。
「この目には貴国しか映ってはいないぞ」
「陛下。これは契約です」
手が重なり、互いの視線が交差する。
戦いは終わりを迎え、新たな戦いが始まる。
どのような戦いにも勝者と敗者が生まれる。
二人は言葉の剣と知恵の魔法を手に取り、向き合った。
汚れた言葉を飛ばしていた貴族たちからは、一転して黄色い歓声が上がる。
「このセントミッシュの春を楽しみにするといい」
「あら、ティルピッツの春も素敵ですよ。是非ご一緒しましょう」
そう言って笑うブリュンヒルデに窓から差した陽気が、その茜色の髪を炎のように輝かせる。
常に勝者であったシグンドの、玉座での退屈な日々。
そんなこれから訪れるはずだった日常に、茜色の炎が燃え滾った。
金色の髪に載せられた王冠を被り直し、ブリュンヒルデの手を再び取る。
「さぁ、我が臣民へ王妃のお披露目と行こうか」
「是非。セントミッシュの臣民にご挨拶を」
二人はまるで戦場の天幕の中で互いの戦術を突き合わせるように言葉を交わす。
そんなやりとりを聞いていた宰相がこらえきれず、泡を吹いて倒れた。
騒ぎとなる中、二人は謁見の間からテラスへ躍り出た。
その瞬間、地面が割れんばかりの歓声が沸き起こった。
王妃を一目見んと詰め寄せていた群衆に、二人は笑顔で手を振る。
「退屈はしなさそうだな」
「退屈を憧れる時がくるかもしれませんね」
二人は互いの目を見て大いに笑い合った、繋ぎ合った手を離さないまま。
そんな二人を祝福するように、セントミッシュには美しき花々が芽吹き始めていた。




