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※二回目ですが『大人の恋愛』とタグ付けしたので。



莉緒さんのマンションへ着き、見上げた窓に明かりが灯っているのを確認した。


直接メッセージカードを渡そうと、祈るような気持ちで画面の通話ボタンをタップする。


耳元で繰り返される、規則的で無機質なコール音。

一回、二回……繋がらない時間の分だけ、指先がじりじりと冷えていくような錯覚に陥る。


(やっぱり、出てくれないかな……)


諦めて指を離しかけたその時、ふっと音が途切れて、静かな吐息が聞こえた。


『……はい、奏汰くん?』


「遅い時間にすみません……。マンションの前にいるんですけど、少しだけ、会えませんか?」


『……わかりました。部屋まで来てもらっても、大丈夫ですか?』


会ってくれることに深く安堵の息を吐き、俺は急いでエントランスのインターホンを押した。

まだ、俺は諦めたくないのだ。


──案内された莉緒さんの部屋は、やはり彼女の甘く清潔な香りで満ちていた。


何度か訪れたことのある場所なのに、今は喉の奥が焼けそうになるほど緊張してしまう。


「外は寒かったでしょう? 温かい物でも飲みませんか」


「ありがとうございます。いただきます……」


莉緒さんがテーブルに置いてくれたのは、湯気の立つフレーバーティーだった。


(この紅茶……俺が渡したギフトセットのやつだ)


ジンジャーとオレンジピールがブレンドされた、身体を芯から温める香り。


「奏汰くんにいただいた紅茶です。……美味しくいただいてます。ありがとうございました」


「喜んでもらえて何よりです。……うん、温まりますね」


少しだけピリッとした刺激があって、爽やかな風味が鼻を抜ける。

その温かさに背中を押されるように、俺はポケットからカードを取り出した。


「あの、今日はこれを渡したくて……来ました」


「……これは、音読してもらえないんですか?」


「意地悪ですね? ……いいですよ、覚悟してください」


俺の返しが意外だったのか、莉緒さんは慌ててカードを手に取ろうとした。だが、俺が掠め取る方が早い。


封筒から中身を取り出し、わざと勢いよく破こうとする素振りを見せると、莉緒さんが泣きそうな顔で俺の手を掴んで阻止した。


「……ごめんなさい。ちゃんと向き合うから、破かないで……」


必死な様子に胸が痛むが、カードは渡さなかった。


「俺は、莉緒さんが大切で……ずっと側にいたいと思ってます!」


お望み通りに音読する。

彼女が望むのなら、恥ずかしさなんてどうでもよかった。


「……カード、見せてください!」


大きな声に啞然とする俺の手からカードを掴み取った莉緒さんは、食い入るように中身を読んでいる。

二人で取り合いをしたせいで、カードはすっかりヨレヨレになっていた。


「……本当に、書いてある。どうして? 私は、奏汰くんに相応しくないのに……」


「は? 誰がそんな事言ってるんですか!?」


「私が……そう、思ってたんです。一時だけの、素敵な関係だと……」


それから、莉緒さんは元カレとのことや、自身が抱えていた引け目を訥々と話してくれた。


すべてを聞き終えた俺は、たまらず莉緒さんを抱き締め、その柔らかな髪を撫でた。


「いい子過ぎですよ……。もっと俺に、甘えてください」


「年上なのに……恥ずかしいです」


「俺は気にしないです! むしろ、俺に気兼ねして離れようと思われたことに傷付きました」


莉緒さんなりに、俺のことを考えてくれたのは理解できた。

でも、やっぱり肝心なところがズレている。


「莉緒さん……俺のこと、好きですか?」


「……好きじゃなかったら、こんなに悩んでないです!」


「じゃあ、一緒に悩んで乗り越えましょうよ。俺たち、両想いなんですから!」


胸の奥がじんわり熱くなる。

この人は、優しい。

その優しさの奥に、傷つきやすさが透けて見える。

だからこそ、放っておけなかった。


音大を辞めて、何もかも投げ出した帰り道。

駅のピアノにすがるように指を落としたあの日──誰にも期待していなかった俺の前に、まっすぐ立ち止まってくれた人がいた。


「……何で、私なんですか?」


「理由なんて、うまく言えません。でも……あの日、俺の音を守ってくれたのは莉緒さんだけでした。あの時の香りも、声も、全部……胸に残ってるんです。

気づいたら、惹かれてました。考えるより先に、身体が覚えてたみたいに…」


そう言って、彼女の首筋へそっと顔を寄せる。

ふわりと漂う香りが、胸の奥に落ちていく。

あの日と同じように、世界が少しだけ満たされる。


(やっぱり、すげぇ良い匂いがする……ダメだ、自制できそうにない)


「莉緒さん……触れたいんだけど、駄目かな?」


「……私も、触れてほしいです。……奏汰くんに、触れたい」


見つめ合う瞳は、互いに抑えきれない熱情に溺れていた。


***


深く重なる吐息に、理性という名の結び目が甘く、とろけるように解けていく。


奏汰くんの大きな手が、私の素肌をなぞるたび、熱い電流が走ったように肩が跳ねた。


「……莉緒さん、どこもかしこも……すごく、愛おしいんだ」


彼が切実な声で囁く。

首筋から鎖骨へ、情熱的な痕を刻むように唇が降りてくる。


彼の荒い息遣いが肌を叩く刺激だけで、抗えないほどの甘い震えに襲われた。


(……この人を、離したくない)


私も不器用ながら、彼の首に腕を回し、その背中を抱きしめた。

あの日、駅のピアノの前で出会った彼。

私の空虚を埋めてくれた、愛おしい旋律──。


「……莉緒さん」


切実な声で名前を呼ばれ、私はただ、熱い吐息をついて頷いた。

お互いの熱と熱が、溶け合うように一つに重なり合う。


「莉緒、震えてる……。もっと、いろんな顔が見たい」


圧倒的な充足感と、互いの存在を深く確かめ合えたという事実に、胸の奥が熱くなる。

気づけば、幸せな涙が勝手に溢れ出して、止まらなくなっていた。


「……奏汰……好き。……本当に、好き…なの」


震える声でこぼれ落ちたその想いは、私自身への降参の言葉でもあった。


だらしない顔を見られたくなくて、必死に両手で顔を隠そうとした。けれど。


「莉緒。隠しちゃダメだよ。……全部、俺に見せて?」


そう言って覆い被さってくる彼の瞳には、有無を言わせない強烈な独占欲が宿っていた。


その独占欲が、今の私にはこの上なく愛おしい。

 

彼と深く溶け合っていくような感覚に、抗いようのない甘い痺れが全身を駆け巡る。


彼が強く私を抱きしめ、耳元で何度も私の名前を呼んだ瞬間、溢れ出した熱が私の心の隙間をすべて埋め尽くした。


眩い光の中で、彼と一つになれたという確かな震えだけが、いつまでも心地よく残っていた。


──激しく高鳴っていた互いの鼓動が、ゆっくりと一つのリズムに重なっていく。


微かな吐息だけが響く静寂の中、シーツの海に溺れる私を、奏汰くんが後ろからそっと抱き寄せた。


二人の体温が混ざり合い、甘く濃密な香りが部屋を満たしている。


解けない魔法にかかったような幸福感の中で、私は背中に感じる彼の確かな熱に、身を委ねていた。

 

不意に、奏汰くんの長く節立った指先が、私のうなじをゆっくりとなぞる。

鍵盤を慈しむようなその繊細なタッチに、心臓がトクンと甘く跳ねた。


「……莉緒、さん」

耳元で囁かれた名前。

少し掠れた彼の声が、私の肌に直接響いて熱を帯びる。


「……敬語、もう使わないで。お願い……。もっと、近くに感じたいんだ」


さらに強く、隙間を埋めるように抱きしめられる。


「……くすぐったいよ、奏汰」


初めて名前を呼び捨てにすると、彼の身体がピクッと跳ねるのがわかった。


「っ、その呼び方、破壊力ありすぎ……」


彼は困ったように笑いながら、私の首筋に顔を埋めて深く息を吸い込む。


「莉緒の匂い、やっぱり大好きだ……。もう、絶対に離さないから」


独占欲を隠そうともしない彼の告白は、どんな名曲よりも私の心に深く、優しく響き渡っていた。


心地よい疲労感と、彼から伝わる圧倒的な安心感。

私は、彼が奏でる穏やかな寝息を子守唄にしながら、ゆっくりと深い眠りへと落ちていった。




※たぶん…R15版的に大丈夫なはずなんです。

莉緒さん側の視点がないと意味が無いので。

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