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#対人依存症。和哉くんは生きづらい!  作者: 佐野和哉


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徒労を楽しめるうちが華。

徒労を徒労と感じたら、夢から覚めて朝がきたんだ。

無駄と分かってても走りたいときだってある。

だけどもう遠すぎる。歩いてゆくには若くない。


ずっと好きでいる人のことを、どうにか勇気を振り絞りタイミングを見計らい誘ってみたくても指先から端末まで言葉が出てゆかなくて。

もじもじしている間に季節が巡る。最後に会ったのは〇年前、なんてことになる。


かといって下手なこと言うのもなあ。

と悩むのは気づかいとかやさしさじゃなく、やっぱりただ自分が可愛いだけなんだな。

それでいて下手な振る舞いは努力の余地があり、そこを汲み取る母性や慈愛から発展する可能性もあるのだろうけれどそれが出来ず。

初めから努力し気遣い、千載一遇とばかりに精一杯もてなして接した結果

「自分はそれに値しない」「自分にそんな価値は無い」「過剰である」

などと言われてしまう。自分は傷つかず相手も立てているようにして逃げられるが、こちらとしては報われないし気持ちのやり場もない。


じゃあここから下げたら下げたでガッカリされ、キープしても無駄、そしてさらに上げたらシツコイだの重たいだの言われてしまう。


追いかける側に勝ち目は無いのだ。

だけどそれでも好きなら追いかけるしかない。


翻って好かれた側も迷惑で、例えば友情のつもりで接して厚意のつもりで受け取ったものに、そんな期待が込められてたってわからないし恨まれる筋合いもない。1か0かで言えば0なものに付き合わされ、あわよくばと思われている気色悪さにも耐え、それでも思い遣りや義理を通せば余計に好かれる悪循環。


失望や逆恨みや嫉妬しか生まない。

好きとか愛とかなんてのは都合のいい言葉で、だけど自分に対して一切向かない言葉でもあって。

ヒトサマのことを好きでいられる人は自分のことも普通に好きなんだろう。普通というのは〝普段〟の〝通りに〟の普通なのだろう。それが当たり前の状態で初めて普通と呼べる。

だとするならば、自分のことを好きでいて当たり前だったことなんて…それどころか、セケンサマのいう普通というものになんか近づいたり戻って治ったりすることすらなく。


自分は早めに死ぬべき、なのが普段通りの思考回路してて。

マトモな恋愛など望むべくもない。

それに相手がそういう思考に陥っているからと言って、自分も同じような状態の奴が寄って来たって向こうは迷惑だろ。


その通りだが、しかしそこから抜け出したところでその人は私のことなど好きではあるまい。だからまあ、まだ私は今日もぼんやりと死にたがっている。


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