自己肯定感高い人は親のことも好き
結局そうだと思うんだよ。
自分で自分が愛せない人って、自分が愛された経験や実感が乏しい…下手すると殆ど無いんだろうなって。もしくは愛されてた以上に滅茶苦茶なことされた、か。
私は後者で、家にも家族にも友達にも近所の人や一部の先生や大人たちにも、間違いなく恵まれてた。でも、たった一人クズみてえなのが居て、それがよりによって家の中に居て、しかも自分の実の父親だったのが運の尽き。って感じ。
他にも腹立つ連中いっぱいいるけど、それはさておき。
そうなると幼くてまっさらな、自分にも他人にも世の中にも偏見や固定観念がない頃から自己否定や世間への根拠もなにもないヘイトを浴びまくるわけだ。
そりゃ先ず自分を嫌いにもなるよ。なんだろうな、言葉の暴力ってよく言うけど、暴力と言葉、ってのはホントに強烈だな。殴られながら脳に刻み込まれた言葉って絶対消えないもんな。ずーーっとうっすら、子供の頃のケロイドみたくいまだに残ってる。
たぶん自我が芽生えるときに〝無意識〟というものも形作られているはずなんだけど、その〝無意識〟の色や形や成り立ちが、もうダメになってるんだろうな。
家庭菜園の片隅に残された、赤くグジュグジュになってひしゃげたピーマンみたいに。
自分に対してだけじゃなく、母親とか祖父母までボコボコやられて、テーブルひっくり返したり熱い味噌汁の入ったお椀を投げつけたり、外でも構わず怒鳴って蹴とばして来たり…そういうの目の当たりにしてるから、どっか壊れるというか、自分で自分の感受性とかモラルみてえのを壊してしまわないと、受容し切れなくて決壊するんだろうな。それを防ぐために壊した部分が、今になって欠けてることでまた困ってるんだけれども。
結局あれと同じか、自分も…って思って死にたくなることが何度もある。
そんな奴のことなんか好きでもなければ〝早く死ね〟以外の感情は一切なくなって久しい。だからなのか、自分に対しても結局〝あの血〟だからという理由が、希死念慮に一役買っている気がしてならない。




