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#対人依存症。和哉くんは生きづらい!  作者: 佐野和哉


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対人依存症13.趣味が趣味でなくなる日。


趣味が趣味じゃなくなる日が来る。それは不意に訪れる。というか気が付いてしまう。

いつの間にか日々の楽しみが焦りや不安や義務感に支配されている。今更引っ込みもつかず、お金も使い過ぎた。だけどもう、いま追いかけるのをやめたところで何も残るものすらない。

形もモノも残らない。

残ったとしても、それは価値を失った月日の抜け殻。

そうなるのが怖くて、しがみついている。


趣味だったはずのものが、いつの間にかそんな風に成り果てている。

僕は書き物をするのが好きだった。

体を鍛えるのが好きだった。

プロレスを見るのが楽しみだった。

人に書いたものを見てもらうのが生き甲斐だった。

そのどれもが、重荷だったり億劫だったり何も出来ないでいる自分への見えざる重圧だったり、今ちっとも楽しめなくなっている。

SNSなんか最たるもので、みんなそれぞれの勝手な都合と日常を流しているだけなのに、それを受け止めきれない自分が居て。

お店のこと、仕事のこと、悩み、怒り、迷い、楽しみ、疑問、不安、そういうものにひとつひとつ応えられない自分がひどく小さく惨めに思えてくる。

本当は、それら文章化された小さな思念の群れがSNSの正体であって、小魚が大きな魚の形になって泳いでいるようなものなのに、それを全て真っ当に受け止めて理解しようというのが間違っている。

放っておけば、そばを泳いでどこかへ去ってゆくだけのものなのだ。


もちろん自分も含め、その小魚たる情報の一匹を捕まえて咀嚼してほしくて、なんなら何かお金や時間を使ってほしくて流している場合もある。そうなると余計に、自分のが捕まえてもらえないのも、人のを捕まえる余裕がないのも、なんだか辛くて寂しくなる。

で、まあ、しばらくアカウントを消していたわけで。

別に無ければ無いでいいのだが、やはり宣伝ぐらいはしなくてはな、とも思う。

そのつもりで再開しても、まあどうせ元の木阿弥だろうからいつでもいいか。と思っていたら意外と数日そのままにしていた。


近々また使うけど、今度は何時いつまで持つかなあ。



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