激マズらーめん三平2026
初出:2017年 05月28日 01時00分
コレは以前、小説家になろうで公開していた
「キッドさんといっしょ」(現在は削除済み)のなかでも、かなり初期のもの。
なんとなく発掘したので加筆修正。
かつて愛知県豊川市は東名高速豊川インターの近くに物凄くマズいらーめん屋さんがあった。
それが今回のサブタイトルの三平って店。
らーめん三平だったか三平らーめんだったかは忘れてしまった。
お店の看板には「この人が三平なのかな?」って感じの、いかにも三平っぽい元気な若者が威勢よくラーメンを作っているイラストが色褪せたまま掲げられていたが、どっこい店に居たのは昭和の忘れ物みたいな草臥れてヒョロリとしたオヤジだけである。パッと見の印象はそんな感じで、無精ひげ、土気色の顔、充血した目、こけた頬、前歯が抜けてて不揃いで黒ずんだ歯。
いま思い出しても怪しさ満点の風貌だったな。
お店を正面から見ると赤い三角屋根のついた立派な構えだが、実はハリボテでその看板の裏にはプレハブの掘立小屋が二つ並べてボコボコっと置かれているだけ。そこへ上る階段も無いらしく、店の壁に立てかけた梯子で出入りしているらしい。雨の日はどうしているのだろうか……。
店の入り口付近や窓ガラスにはでっかくセットメニューやランチメニューがシールで貼りだされているが、これまた色褪せてしまって蛍光色のオレンジもグリーンも読みづらいことこの上なかった。
と、まあこのらーめん三平さん。近在ではマズくて有名なお店だった。
私が以前勤めていた会社の上司がある日
「佐野君、豊川の三平らーめんって知ってる?」
と聞いてきたので
「知ってますよ! あの国道一五一号線のインター近くの店ですよね? 昔のホットラインの隣の……行ったことはないですけど」
「そうそこ! 行ったことないんだ」
「そうなんですよー、美味しいんですか?」
「行ってみな、行ってみな。すっげえマズいから!」
「……それ逆に行きたいっすねえ」
なんでも上司が言うには付近にある大手企業で豊川に転勤してきた人は必ず一度、地元社員に連れられて食べるのだが二度行く人は誰も居ないとか、そんな店でも常連が一人だけ居て、ある日そいつが「親父、いつもの!」って言ったら近所の蕎麦屋に電話して出前を取ったとか、豚骨ラーメンを頼んだらスープに殆ど味がなかったとか。
まさに枚挙に暇がないと言った有様だった。
で、もうお分かりのように食事に行きましたとも。でも一人じゃ寂しいし噂がホントだった時にキツイので、友人のアマノ君(元料理人で実家も居酒屋)アサクラ君(一緒に各地を旅したことのある食道楽)クマさん(幼稚園から一緒の親友。140キロの超ヘビー級)たったす(アサクラの友人として知り合った明るく気さくな太っちょナイスガイ)を巻き込んで行ってきました。
しかも、たったすには何も告げず「ラーメン食べ行こ!」とだけ誘って。
そんな酷い!
誰が考えたんだ!!
いやあ我ながらナイスアイディアだったな。
で、私の車でみんなを迎えに行って、お店に着いたのが平日とはいえ晩飯時の夜7時。近くの飲食店は混みあっております。が、この三平はシーンと静まり返っている。駐車場には店主の物らしき古くてくたびれた乗用車が1台とボロボロの自転車が1台。
「随分古いカローラだな」
とはアサクラ君の弁。塗装も褪せてところどころ剥げているし、バンパーやドアには凹みも目立つ。
店のドアを開けると件の胡散臭い店主がカウンター席に座っていた。こちらを振り向いて立ち上がって、からの第一声が
「ゴハンタベル?」
…は?
その意味するところが
「ご飯、食べる?」
だという事に気が付くまで数秒を要した。てか、フツーここは
いらっしゃいませ
じゃないのか……?
まあ広義で言えば私たちは確かに晩御飯を食べに来ているので食べるかと聞かれたら食べるのだが、この場合のご飯はどうやらお米を炊いた方のご飯のことを言っているらしい。
「はい、食べますけど」
「あー、いま無いんだよねえ。今日もう売り切れでさあ!」
……そもそも最初にどれぐらい炊いてあったんだろう。
波乱の幕開けを迎え席に着く。
座敷席のテーブルはベタベタしていた。カウンターにはスキンヘッドの中年男性が座ってもくもくと食べている。その隣には小学5年生くらいの男の子が座って宿題をしている。
ほかに人の姿は無い。座敷席も幾つかあったけど、畳は黄ばんでいるし部屋の隅には古い雑誌や洗ってるのか分からないタオルなんかも散乱しているし……清潔感の有無以前に店の中の風景として異様だった。
散らかってる人ん家でメシ食わせてもらにしてもちょっと抵抗があるくらいの。
メニューは決して多くない。
ラーメン数種類に混じって書かれている乱切り蕎麦ってなんだ…?
もう気分は怖いとわかっているジェットコースターに乗り込んだ時のようで、注文を伝えるときの気持ちといえば座席がガタガタガタガタ揺れながら否応なしにレールを上がっていく様そのものである。
キッドさんはその無味無臭と評判の豚骨ラーメンを注文。
他の友人も思い思いに注文をする。なおキッドさんはぬかりなくギョーザも注文。
作っている最中もなんだか不安な事ばかり起こる。
まずカウンターの常連客が食い終わってそのまま手持ち無沙汰にしている。
店を出るどころかお金も払わないのだ。コレは織田裕二さん主演のドラマお金がない!でおなじみの「スクランブル」なのだろうか。
あの小さな男の子はいったいどっちの息子なのか、それとも全く無関係なのか!?親戚か?
やがてギリギリと音がするので見てみると、なんと麺は自家製。
店主自らパスタマシーンのちっちゃいやつで麺をひり出しているではないか!
が、明らか不揃いどころかちゃんと切れてなかったものや、小指の先ぐらいの丸くダマになっているまでも構わず鍋に放り込んだのをバッチリ見てしまい再び期待が高まる。
こわごわ見渡す店内は明るい色調だが全体的にヤニ茶けて煤けているように見える。ちゃんと掃除をしていないのはテーブルや床のべたつき、座敷の散らかりようで一目瞭然。そしてそこにやってくる店主自慢のラーメン。
……本当に味がしない。スープの味がホントに薄い。
で麺の味がヘン。
でれん!と乗ってるチンゲン菜のバターっぽい風味が唯一の味付けで、あとはそぼろみたいなお肉のコショウっぽさだけ。
早食い、大食い、ドカ食いで知られるキッドさんの箸が止まったのと同時に他の友人諸氏の手も鈍る。
続いてギョーザ。来た時からすでに崩れている。皮が柔らかすぎて中身は肉の臭みを活かした大胆かつ野趣に富んだ味わい。
クマさんの言い放った「野生の餃子」という言葉が一同の脳裏に刻まれた。
一通りの洗礼を耐えきった我々を待っていたのは店主の身の上自慢トークライブだった。
「香ばしくなってきた!!!!」
という悪趣味な喜びを顔に出さずに聞くそのホラ話、はったりトークは格別。
コッチこそが脳へのご馳走だった。
「オレはな、この店始めてからずっと他の店を研究してんだヨ。豊橋の港に黒田屋ってあったろ(味が濃くて美味しいのでトラックの運ちゃんや港湾労働者の間でも人気があったお店)あそこが柳生橋に移転したときも毎日通ったんだ。月曜火曜と続けて食っても美味いんだ!けど水曜にはもう見切ったね。木曜、金曜と、あとはもう塩っ辛くてなあ。で店の裏のゴミ見たら使ってる醤油のメーカーがわかったからよ、ウチの出入りの営業マンすぐ電話で呼びつけて、コレコレこういう醤油を取り寄せろ!ったら、営業マンもわかりましたあ!なんてなあ。すぐ飛んでったヨ。そんでナア……」
その大演説の主産物たるラーメンがこの有様、店がこの体たらくなのはどう説明するんですか?
というフレーズが喉元まで来ていたが堪えて聞き続ける。
「何年か前にウチ(三平)に入り浸ってた若い客がナ、もう、ガバっと土下座して弟子にしてください!ってなあ。でオレが付きっきりで教えてやって、うちの店を建て替えるんで買い替える前の道具を安く売ってやって店出させたんだよ。豊橋の港の方に。知ってるか?オレも開店から一週間はヘルプに行って手伝ってやってさあ。まあまあ忙しかったけどヨォ」
そういえば、あの当時私は港湾労働者で確かに新しくラーメン屋さんが出来たのは知ってたけど、その店は瞬く間に潰れていた。寄せ場でも評判が良くなくて、みんな一回行ったらもう行かなかった。
その理由がこの時初めてわかった気がする。
そのすぐ後、この店が半端に、ハリボテだけの屋根と看板だとか、調理器具も内装も小綺麗になって今また薄汚れたのは、どうもその時に気の毒な若者から巻き上げたお金でリニューアルしたんじゃなかろうか。
食事の倍以上の時間、店主こと音楽の才能に全く恵まれずにショボくれた寺尾聡の謎の自慢話を聞いていて分かったことは、
ダメだこりゃ
という諦念と、ラーメンのダシ以上の極上のダシをドックドク分泌する香ばしいオヤジの懐かしさだった。
ああこういうオヤジ、昼間から酔っぱらってる奴、昔の駅前とか競輪にもよく居たけど……最近は減ったよなあと思ってた絶滅危惧種、オヤジのレッドデータブックがこんなところで更新されるとはね。
まあココまでわりとハッキリ見たまま聞いたまま書いたのは、もう何年も前に閉店しているからでして。
伝わってると有難いけど、ラーメン店としては決して合格点には届かないものの、私はこういうオヤジが嫌いになれない、なんならちょっとスキなのです。
ただ、店は閉めても、あのオヤジ健在な気がするんですよ。
なんでかって、あの店の隣はネカフェ、カラオケ、ビリヤードなどが入ったデカい複合店なのに、嫌がらせのようにカラオケ喫茶を始めたから。しかも
「食事出来ます、ラーメンあります」
という張り紙。
…さては懲りてねえな。
ちなみについ最近見たらあの狭い駐車場(乗用車が2台半くらいしか入らない)に軽自動車が申し訳程度に停めてあって中古車販売も始めたらしい。
が、依然としてお食事も出来るようで。
ラーメンを大々的に推していた。
その自信はどこから来るんだ、オヤジ!?
とこれが2017年の記事。
残念ながら2026年現在、遂にお店は跡形もなくなってしまった。
あのオヤジ、どこ行っちゃったんだろうかねえ……。




