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#対人依存症。和哉くんは生きづらい!  作者: 佐野和哉


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対人依存症9.好きぴが好きぴでなくなる日

好きぴ、って女性がオトコに向かって言う言葉なのかな?

オトコから女性に向けては何ぴになるんだろう。


好きな人が好きだった人に変わる瞬間って、感情というものをグラデーションで表した場合のどの辺りになるんだろうか。

大好き!

から

なんだお前?

に移り変わってゆく過程で、どこが分水嶺なのだろう。


急に大嫌いになる場合もあれば、だんだんと気持ちが萎えていってどこかで我に返ることもある。大ショックからの一発アウトも、チリツモの積み重なりも、どっかで自分の心に噓をつき始める。自分の心模様から目をそらし、赤かったものが青くなっても赤いと思い続けている。見ようによっては、まだ赤い。青いようで赤い。

紫色の真ん中がどこにあるのか、誰にもわからない。自分で決めるしかない。

でも、その線をどこに引くのか、誰にも答えがない。自分で引いてしまうしかない。引いてしまったら、もう戻れない。後で消すことも、やり直すことも出来ない。


恋愛も性愛も性行為も、やり直すこと自体は可能だ。

でも、線を引くときだけは別な気がする。その線は目にも見えないし、色もついてないし、触れることも出来ない。誰にも触れず、見えない線だから、自分自身でも始末に負えない。


そして、その線を引いてしまうことを誰よりも恐れているのは自分自身なのだから、いつまでたっても踏ん切りがつかない。

好きで好きでたまらなかったはずの人が、いつの間にか好きでいるはずの人になり、好きでなきゃならない、好きだったはず、好きなんだから、まだ好き、でも好き、と緩やかな地滑りのようにズルズル落ちてゆく。

仰ぎ見て手を伸ばして眩しかった人が、いつから自分の目線より低い場所に座っているように見えるのだろう。

遠く駆け抜けてしまった人の影を追いかけて走り続けていたのに、いつの間にかそれは馬の尻尾に見える木の枝だった。気づいていたけど立ち止まるのが怖くて、ワガママも身勝手も不躾もデリカシー欠如も性酷薄も痛みも押し付けも不親切も、全部どうにか好きになっていくのは、苦しかったはずなのに。

好きでいることに依存していると、それすらもわからなくなる…わからないことに、自分で自分を仕立ててしまう。


自分に嘘をつくのは自分だし、誰よりも自分を騙したり押し切ったりしてしまえるのも自分だけだ。今日まで大好きだった人を見限って、誰を好きになればいいのだろう?

自分だろう。

でも、それが出来たら誰のことも好きにならないで済むのにな。


誰かに対する好きは、自分への好きの裏返しかもしれない。


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