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愛と第一歩について

「ふふ、アルベル様。後ろに居られては少々歩きづらいですわ」

「すまない、オフィーリア。でも……」

「ほら、こうしましょう?」

「――!」


 そう言って、オフィーリアはアルベルの手を取り横並びになる。すると、アルベルが瞳を揺らしてはにかんだ。

 

 あの一件があってから、アルベルは大きく変わった。恐らく、いい方向に。オフィーリアといる時は、雛鳥のように常にオフィーリアの後ろをちょこちょこと付いてくるようになったのだ。その様は非常に愛らしい。のだが。


(使用人さんたちの目はまだ暖かいとは言えないなあ。仕方ないのかも、だけど)


 特に、庭師見習いだろうか? アルベルと同年代だろう赤い癖毛に黄色い瞳の子の視線が痛い。非常に痛い。その余りの痛さに、オフィーリアはアルベルへこそりと話しかけた。


(アルベル様、あの庭師の子と何かありました?)

(う……そ、それは)

(あったのですね……)


 アルベルの話によると。どうやら以前気さくに話しかけてきた庭師見習いの男の子――デルクと言うらしい――に、殴りかかったことがあるらしい。


(仲良くなりたかったんだなあ……)


 アルベルの暴力行為の理由がわかったオフィーリアだからそう思えるが、急に殴られたデルクの方はたまったものでは無かっただろう。二人の悲しい? すれ違いにオフィーリアは一瞬頭を抱える。が。


「いい機会です、アルベル様。まずデルクの誤解を解いてお友達になりましょう!千里の道も一歩から、ですわ!」

「ええっ!?」


 オフィーリアは、すぐにアメジストの瞳を輝かせた。








 ――――――――――――




 デルクは、その日機嫌が悪かった。


 少し前に屋敷で見かけた愛らしい少女。――一目惚れだった――それが、大嫌いな「アルベルさま」と手を繋いで楽しそうに歩いていたからだ。少し遅れて、件の少女がアルベルの婚約者になったオフィーリアという子なのだと知った。


「ちっ。性格悪くてもあんな可愛い子との縁談持ってきて貰えるんだ。いいよなあ御貴族様って」

「こらデルク! 恐れ多いぞ! 黙って手を動かさんか!」

「……へーい」


 親方にも怒られた。今日は最悪だ。そうごちりながらずんずんと歩いていると、何と少し先に何とアルベルが待ち構えていた。



 

「デルク、」

「……はっ、まさか俺みてえな下っ端の名前を覚えてらっしゃるとは! いやあ慈悲深くて涙が出ますよ」


 アルベルが言い切らないうちに、デルクが苛立ちに任せ嫌味を込めて言葉を遮る。と、アルベルが下を向いてふるりと震えた。


(やべえ、流石に言いすぎたか?)


 そうなれば今後の自分の立場にも関わってくるし、年下(と言ってもひとつふたつだが)相手にムキになった罪悪感も正直ちょっぴり首をもたげてくる。どうしたもんかとデルクが頬を掻いた。その時だった。


「頑張ってください、アルベル様! 気持ちを伝えて!」

「ありゃあ!?」


 壁の奥から、にょっきりと初恋の少女が顔を出した。それを見て気持ちを奮い立たせたような面持ちのアルベルが口を開く。


「ごめん、なさい。デルク。実は――」




 ――――――――――――







「――で、俺に殴りかかったと?」

「……うん。本当に、ごめんなさい」


 アルベルの説明を受けて、デルクは頭を抱えた。


(いやそんな理由ありかよ! って思う。思う、けどよ……)


 目の前のアルベルも、それを応援するように見守るオフィーリアも至って真剣にそのものだ。アルベルなど、ただの使用人のデルクに頭まで下げている。


「許せない気持ちがあっても自然だもの。すぐに許して欲しいとは言いませんわ。ただ、もう一度だけアルベル様にチャンスを下さいませんか?お願いです、デルク……!」


 そんな言葉の後、なんとオフィーリアまで頭を下げた。


 (これ、許さなかったら俺が格好悪いじゃねーか!)


 でも、一度殴られている以上デルクとしてもはいそうですかと言ってしまうのは何だか釈然としない。デルクは、しばし考えた。そして。二人に提案をする。


「そうですね、じゃあ……俺の言う方法でアルベル様が度胸を見せて下さったら、一切合切水に流しますよ。男の、約束ってことで!」

「男の、約束……!」


 デルクの言った「男の約束」という言葉に、アルベルの瞳がきらきらと光る。


(……うっ)


 そのあまりに純粋な輝きに、素直に許せば良かったかと少し揺らぐデルクなのであった。







 ――――――――――――




「……アルベル様、本当にやりますの?」

「ああ。男の約束をしたからね!」

「うーん」


(アルベル様、デルクと友達になれそうで嬉しいんだろうな。それに男の子にとって「男の約束」って背伸び感があって魅力的だろうし仕方ないのかな……でも危なくないかな……!?)


 デルクの出した条件、それは。


(コカトリスの巣にある光り物のどれかを持ってくる……。シンプルだけどさらっとモンスターの居住地をつつきに行ってるよね!?)





 

「ほら、こっちですこっち!」

「待ってくれ、デルク!」

「デルク、アルベル様!……もう!」


 屋敷からほど近い小さな森の中。その奥に、コカトリスの巣はあった。


「へへ、昨日見つけたんですよ。まだ誰にも言ってない俺たちだけの秘密です」

「僕たちだけの、秘密……!」


 デルクの言葉に、アルベルの瞳がまたたく。


「コカトリスはおとなしいしアホだから、ちょっと巣をつつかれたくらいじゃ気がつきもしませんよ。動きも遅いし。ちょろいもんです」

「ほうほう」

「何ならどっちがよりぴかぴかの光り物を持って来れるか競争します? 俺負けませんよ!」

「!」

(…………)


 そうして少年二人が楽しそうにやる気を出している後ろ。少し離れた茂みで、オフィーリアは少しの呆れとなかなかの心配がない混ぜになった心を持て余していた。


(流石にここから先は万一女の子に怪我があったら、って事で離されちゃった。けど……怪我したらヤバい度合いで言えば地位的にアルベル様の方が上だろうし。デルクだって怪我させちゃったら責任問題になるんじゃ……?)


 そう心がざわつくも、すっかり気分の高揚した二人を止めるには自分では役者不足で。心配するオフィーリア目の前で、二人はすでに巣のすぐ前まで近づいていた。


(このまま無事に、無事に……。あ、あれって?)


 二人が手をかけた巣の奥に、特徴的な尾が見える。


(コカトリスが巣から離れてないじゃない!…………。…………!?)


 そして、程なくして。オフィーリアは、ある重大な間違いに気がついた。


「アルベル様!! デルク!! 急いで離れて!!」

「!?」

「それは、コカトリスじゃありませんわ!!」







 ――――――――――――



 

 古い、記憶。ある日の昼下がり、オフィーリアは父に勉強を教わっていた。


「あしゅ?」

「そう、亜種。モンスターには、同じような見た目でも、レベルも、生態も。性格も全く異なるものが沢山いるんだ。」

「へええ……!」

「たとえば、ほら。コカトリス。この子は大人しくてゆっくりさんだ。でもね。こちらは気をつけなければいけないよ」

「この子、どこが違うの?」

「見てごらん。普通のコカトリスと違って、こちらは目の周りが赤い。それだけで、危なさが数段跳ね上がるんだ。こっちの名前は――」






 ――――――――――――




「その個体は……()()()()()()()()です!!」

「!」


 記憶を頼りに、オフィーリアが叫ぶ。すると、それを聞いたデルクの顔色が変わった。


「アルベル様!! 駄目だ!!」

「!?」


 叫び声と共に、デルクがアルベルを突き飛ばした。瞬間、デルクの腕に爪痕が走る。


「ぐ……っ!?」

「デルク!」

「アルベル様、オフィーリア様、逃げて下さい!」

「……でも!」

「早く!」


 言うが早いか、デルクは護身用の短剣を引き抜く。しかし。


(レッドコカトリスはとてもじゃないけど子供じゃ歯が立たない!デルクが死んじゃう!)


「俺がここまで連れてきたんです、責任くらい取りますよ!」


 そう言って痛みに顔を引き攣らせながらも何とか笑うデルクの頬を汗が伝う。もう、自分たちではどうしようもない。諦めかけた、その時だった。


「ばっかもーーーーーん!!」


 天を裂くような雄叫びと共に、レッドコカトリスの頭へ斧がぶち当たり雷の魔法が落ちた。






 ――――――――――――




「全く!! この大馬鹿者が!!」

「いてっ!? ごめんなさい親方!! いててててて!!」

「三人とも、大丈夫かい!?デルク君、傷はすぐに治すからね。親方もそうゲンコツなさらずに」


 絶望的だった状況の中。駆けつけてくれたのは、デルクの親方とオフィーリアの父だった。三人の不在にいち早く気がついたオフィーリアの父が、心当たりのありそうだった親方を頼り外へと出向いていたのだ。


 勝手に屋敷を出ていた三人は、理由を聞かれた後こってりと(主にデルクが)絞られていた。


「アルベル様とオフィーリア様を連れ出すだけじゃあ飽き足らずモンスターの巣に連れて行くとは!! 大体モンスターの巣を見つけたら危険だからすぐに報告しろとあれほど」


 がみ。がみがみ、がみ。そんな効果音が聞こえそうな怒号を前に、オフィーリアとアルベルも気まずそうに縮こまる。


「……親方、僕も行くと言う判断をしました。僕も叱って下さい」

「私も、彼らを止めなかった。着いて行った。同罪です」

「ぐ……ぐむう」


 アルベルとオフィーリアの言葉に、親方はしばし固まった。が。


「親方、私からも言って聞かせます。どうか、この子達も同じように叱ってはくれませんか」


 オフィーリアの父からの申し出で、存分に雷を落としたのだった。






 そして、夕方。帰りの馬車の中で、オフィーリアの父はオフィーリアに話しかける。


「フィー、今日はどこがいけなかったと思う?」

「……ついていって、止められませんでした」

「そうだね。でも父様の考えは少し違う」

「?」

「フィーは、ちゃんと危ないとわかって止めたかった。でも、力が及ばなかった」

「…………」

「そんな時はね、大人を頼るべきだった。……いつだって、頼っていいんだよ」

「!」


 大人を、頼る。それはかつてのあかねにはあり得ない選択肢だった。親はもちろんのこと。先生にも、どこか一線を引いてしまっていた自分がいて。レッドコカトリスの件の時も、頭の片隅にもなかった。だが、父は続ける。


「困った時、力及ばない時は……すぐに、言って欲しい。相談して貰える大人であるように、父様も頑張るから。ね?」


 そう言って優しく頭を撫でる手は、何と暖かいのだろう。


「お父様……!!」

「フィー!? 泣かないでおくれ……!! 父様、強く言いすぎたかな!?」

「違います、うれしいのです、お父様!」

「フィー……!」


 夕日は、馬車の中の二人をいつまでも照らしていた。


 

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