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『蝶は灰国に沈む』 終戦奇譚——二人で一人の旅路  作者: 紅音・フィオ・カワハギ


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9/10

第一章 それぞれの一日④

(ねぇ、ああいう子どもたちに何か特別な感情でもあるの?)

(…………)

 廃墟を抜けて街に入る。周辺は寂れた簡易宿泊所が多く、建物は寂れていた。人通りはなくとても静かだが、共用の設備や施設からは物音がしている。

(ねえ、セルマ、君がこの国に来た理由って、実は奇襲作戦の偵察行動? それとも重役の暗殺? ボクは君から出られないから、正直に話してもいいんだよ)

(言ったはずだ。アウス・エーヴィスを探しにきた)

(アウス・エーヴィスはいないよ)

(いる)

(はあ。もうなんでもいいや。ほら、早くボランティアのところに)

 住宅街を西に向かって歩いていると、アーチ状の水道橋が見えてきた。その橋の下には、白いロングコートを着た男たちが五名、屯っていた。

(と、討伐隊だと)

 冷や汗が噴きだした。中指を曲げて唇に挟む。

(そう。実はさ、この先は討伐隊による検査を受けないと進めないんだ。地区が変わる検問所。いわゆるドヤ街から出るには専用の緑のライトを二の腕や鎖骨に当ててノクーヴェかどうか検査をしなきゃいけない。昨日、ライトに驚いていたから分かるよね)

(だ、騙したな、レイン)

 咄嗟に踵を返した。

(ほら、討伐隊がセルマを見ている。そうやって振り返れば余計に怪しまれる。そもそも、騙すのはノクーヴェの得意技だよね。くくく)

「くっ」

 セルマは素早く薄いピンク色の首飾りを取って口に入れ、奥歯と頬の間に隠す。

(え、何、今の)

 すぐに二名の討伐隊が走ってきた。一人はカームであった。

「なぜ、逃げたんだよ。俺っちの顔に何かついていたか?」

「……忘れ物をした」

 セルマは顔を背けたまま答えた。

「俺たちの顔を見て驚いたように見えたが。おや、見慣れない奴だな。どこに住んで――いや、先に腕を見せろ」

(あっは。もう終わりだね、セルマ。逃げ道はないし、君はノクーヴェになって暴れるしかないね。けど大丈夫。ボクは三六〇度見られるみたいだから、背後には注意してあげる。うん。君は勝てる。全員殺せる。さあ、戦うんだ。昨日みたいに)

(ふざけるな。ノクーヴェ討伐隊に勝つのは困難だ)

(くくく。そうだね。あの背中の剣、フルクスソードはノクーヴェの強靭な体でも貫けるし、一見ヘンテコな白のロングコートは、ノクーヴェの得意技、刃物の腕でもそう簡単には切れない。でも君は他のノクーヴェよりも強い。激しい殺し合いを見たいなって思っちゃったんだ。ボクのこと、すごいって思っちゃった?)

 セルマは下を向いたまま歯茎を剥きだして怒った。

「そんな抵抗するなよ。本当にノクーヴェって思われちまうぞ。ただでさえ君の格好は怪しんだ。今日は少し気温が上がるって言ってたのに、上下黒のジャージで腕まくりもしてないなんて」

(そうだそうだ。元からセルマは怪しいんだ)

「大丈夫。ノクーヴェじゃないと証明できればいんだよ」

 カームの心配そうに見つめてくる表情が目に入って、怒りの心が薄まっていく。

(布団がふっとんだああ。討伐隊のおおお鼻に、蜂がとまって膨らんだああ、ぶぶははは)

「おいッ、今なぜ驚いた。まさか本当にノクーヴェか」

 もう一人の討伐隊が大声をだしたせいで残りの討伐隊もやってきた。野次馬も集まってきて距離を取って窺ってくる。

(なんだ今のはっ。怪しまれただろ)

(うん。そうしてあげたの。あまりにも唐突で、何事かと思ったでしょ。アハハ。あ、違う。ボクは、セルマの背中を押しただけ。バレたら暴れればいい。ほら、君の仲間を殺しまくった討伐隊だよ?)

(くっ)

 また怒りを表しそうだったが、遠くの野次馬の中に子どもの姿が見え、すぐにマクとフュドの顔を思い浮かべた。少し冷静になり顔の緊張が解れた。

「オレは、この先のボランティアのところに行きたいだけだ」

「ほう。ボランティアかね」

 野次馬の中から、スーツに胸章を付けた男が近づいてくる。茶髪でおかっぱ頭。狐目をした細身の中年である。討伐隊が一斉に敬礼した。

「これは、ギャンダル司令官。どうしてこちらに」

「ちょうど近くを通ったら、おいしそうな顔のガキが討伐隊に捕まったって聞いて様子を見に来たんだ」

(なんだよ、おいしそうって)

 セルマが睨むと、ギャンダルは嘲るような顔をして眼前に迫った。

「ガキ、この先のボランティアに行ってどうするんだ」

「孤児に食事を持っていきたい」

 ギャンダルはさらに顔を近づけ、うなじや耳、脇の匂いをすう―っ、と、まるで鼻で物を食べるかのように大きく匂いを嗅いだ。

(キモい。キモすぎる)

(ノクーヴェになって顔面を貫くんだ)

 本気でやってやろうかと拳に力を入れた瞬間、ギャンダルは離れた。

「ふははは。確かにくせえや。また新たにゴミが増えたのか。でも確かにおいしそうだな。整えたら歓楽街に売るのも悪くないなぁ。どれ、あれ」

 ギャンダルはセルマの帽子を引っ張ったが取れないので、すぐに諦めた。

(ちっ。残念)

「まあいいや。孤児の帽子を取ってげんなりした記憶は多いからな。それだけしっかり縛っているということは、とても見られない頭、ということだ」

 カームが陰で呟く。

「これだからコネ上司は嫌いなんだよなぁ。見た目で判断して……」

「何か言ったか」

「な、何も言ってないっす」

「お前たち、行かせてやるがいい」

 ギャンダルは不敵な笑みを浮かべながら水道橋の下に向かった。

 カームがセルマに向き直る。

「この先を進んでいくと大通りだ。その手前の交差点を右に曲がると、公園があるんだ」

(ほらっ。ボクは本当のこと言ったんだ。セルマは酷いなぁ)

セルマは黙って歩きだすと口から薄いピンク色の首飾りを取りだして戻す。瞬時のことでレインには色しか分からなかった。

(それは何?)

 水道橋の下にきてギャンダルの横を通る際、一瞬だけ睨んだ。

「待て。新入りの孤児。ナンバーは?」

(むやみに睨むから目を付けられちゃったね)

 無視して歩いていると、

「お前たち、念のため検査しろ」

 すぐさま討伐隊に回り込まれ両腕をしっかりと抱えられてしまった。

「くっ」

(この際、フルクスソードで傷でも付けてもらえばいいんだよねぇ)

(そ、そんなことをしたらタダじゃおかない)

(あれぇ? フルクスソードで小さな切り傷でも付けられたら、君たちノクーヴェはどうなるんだっけぇ?)

 ――万が一でも小さく傷つけられたら、発汗して、熱を出して気持ち悪くなる。その前に、この状況をどうにかしなければ。

 セルマは首を動かして周囲を見る。去りかけた野次馬が物々しい雰囲気に気がついて、ふたたび集まってきた。普通に脱出は難しいかもしれない。だが本気を出せば簡単に逃れられる。しかし、ノクーヴェになれば、今回逃げきれても手配されてしまう。

 考えているうちにセルマはギャンダルの前に連れ戻された。

「わた――ぼ、ぼく――お、オレはただの孤児だ」

(嘘をつくんじゃないよセルマ。さっ、暴れるんだ)

(こんなところで正体を晒したら、マクやフュドに迷惑がかかる)

(暴れなよ。それ以外にないでしょっ。ほら、ここにノクーヴェがいるよ。実は女の子なんだよ。胸がぺったんこなんだよ。まずは帽子を取って)

(うるさい。黙れレイン)

 ギャンダルがセルマの顎を掴む。

「俺はな、孤児が嫌いなんだよ。弱虫のくせして人から逃げることだけは得意だ。復興の邪魔だ。おとなしく引き取られないやつは、ゴミ以外の何物でもない。俺が治安維持省の大臣だったとき、孤児のせいで仕事が増えたんだ。ノクーヴェを討伐隊に任せて楽して手柄を立てるはずだったのに。あいつらはっ」

「子どもたちを物扱いしやがって。ふざけるのもいい加減にしろよ。ぺっ」

 セルマはギャンダルの顔に唾をかけた。

 ギャンダルが無言でセルマの顔面に力の限りの拳をぶつけた。

「ぐっ、かはっ」

「キサマみたいなゴミは痛い目を見ないと誰が上か分からないようだな。いいか! 俺は偉いんだ。その気になれば国を動かすこともできる。お前たち孤児が生きていけるのは俺が討伐隊に出向して司令官をやってノクーヴェの警戒をしているからだ。それなのに、キサマはこの俺に汚い唾をかけた」

「おいしそうな顔から出た液体だ。唾液も味わえよ」

「ああっ!?」

 ギャンダルはセルマの腹部に蹴りを入れた。

「ぐあっ、はぁはぁ」

 セルマも足で抵抗しようとするが、セルマを抱えている討伐隊が一歩下がり、ギャンダルには届かず、バタバタと動かすだけになった。

(本気だしなよ)

(ダメだ。怪しまれる)

(自分で挑発したくせによく言うよ)

(大人は嫌いだ)

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