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『蝶は灰国に沈む』 終戦奇譚——二人で一人の旅路  作者: 紅音・フィオ・カワハギ


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【第一部】 第一章 それぞれの一日

 空高く、遥か雲の上。

 大小二つの月が作り上げる、淡くて静かな濃紺の世界。

 蝶が舞う。白い羽に紫色の幾何学模様が描かれており、その姿は月夜にこよなく愛された妖精のようだ。蝶は柔らかな風にいざなわれて優雅に旅を始める。

 孤島のような雲を抜けると、様々な生命に満ちあふれた大陸と海が、視界いっぱいに広がった。夜明けの方向に、南北に広がる大陸がある。

 それは世界五大大陸の一つ、ゼーヌ大陸。

 このゼーヌ大陸では歴史の転換点が近づいていた。


 アフター・ポビリス歴、二一〇三年。六月二日。セカンドサンデー。

 ゼーヌ大陸の南半分を占めるフェングニス王国は、大陸の中心部、国境沿いに首都アイタスがある。国の歴史は古く、元々は大陸南部にあった小さな共和国が発展したものである。災害復興支援や経済介入、戦争などが国を大きくした要因だ。国はいくつもの内乱もあって、王国に名を変え、約四百年前に王家の意向で現在の場所に遷都した。

 アイタスに関しては、遷都当初、首都か王都か、という議論が二十年も続き、一時期は内戦状態まで陥った。そこで王家が自ら「アイタスは首都である」と宣言して事なきを得る。正式名はアイタス州、アイタス市で、州の面積が一番小さく、他に属する自治体はない。『首都アイタス』が通称である。

 その首都アイタスは、ハーフ・ティンバーの街並み、堀で囲まれた荘厳な翡翠色の城、その近くに天にまで届きそうな巨大な尖塔、という光景が広がっている。

今ちょうど、朝日が顔を出してまぶしく照らした。

 王国の紋章、月とそれを囲む三つの星が刺繡された、蒼い旗がなびく翡翠色の城は『エパルノーマ城』という名があり、現在、そのエパルノーマ城では、荘厳さをぶち壊す音と叫び声が聞こえてきた。

 ガッシャーン。パリンッ。

「きゃああああ」 

「ああっ。コラーッ。ミーファ。今日という今日は許しませええええええん」

「ごめんなさああい」

 豪華なシャンデリアと壁に装飾の施された大通路を、上品な紺のロングスカートを持ち上げてバタバタと走る少女の姿があった。

 彼女の名はミーファディル・ソブル・アルトゥーゼ王女。十五歳。茶髪とインナーカラーがグリーンのボブカットで、蒼い瞳に右下の目元には二つの泣き黒子がある。小柄だが胸の発育はよく、ブラウスの上から激しく揺れている。本人は、可憐でお淑やかな少女、と周囲に言いふらしている。

「寝坊した、銅像壊したぁ、窓ガラス割ったああ。お兄さまに怒られるぅ」

 ミーファディルの後ろから、褐色の中年侍女が、獲物を逃がした野犬の如く走ってくる。

「ミイイイイイイファアアアアアアア」

「ひいいい。お願い。アミーチェを撒いて。アタシもうお腹ペコペコ」

 掃除に勤しむ侍女たちがクスクス笑いながら、はいはい。お任せください、と言って道を塞いだ。

 ミーファディルは階段に進んだ。声が聞こえてくる。

「侍女長、ストップです」

 数秒後、

「ミーファさまあああ。今日は演説の練習があるのを覚えてますよねええ。楽しみにしてますからねえええ」

 侍女長アミーチェの叫び声が聞こえてきた。

「分かってまあああすっ」

 ミーファディルは大きく息を吸って吐いた。

(演説の前に、念のため手を打っておかないと。それにアタシのために戦ってくれたことも感謝しないと)

 階段を下りるミーファディルは頬を赤くした。

 食堂に到着した。白のテーブルクロスが敷かれた、二十人は座れるだろうテーブルの奥には誰かが座っていて新聞を広げて読んでいる。そばには携帯端末が置かれておりニュースが流れている。

「お、おはようございます。お兄さま」

 顔が隠れたまま、溜め息が聞こえてきた。

「昨晩は歓楽街で男をむさぼって、朝方に帰宅。当然寝坊し、銅像を壊して窓を破る」

 重低音で、言葉一つひとつがハッキリと聞き取れる声だ。

「どうしてそれ――違いま――お兄さま、アタシは読者に夢中で寝坊しました」

「お前の嘘は聞き飽きた。これからは泣き黒子がお前のトレードマークか?」

「あっ」

 ミーファディルは泣き黒子を擦った。ぺりっとシールが剝がれた。

「お転婆が原因で秘密が露呈したら、妹といえど覚悟してもらうからな」

 新聞が下ろされる。銀色で長髪、青い瞳を持つ青年が姿を現す。この青年はオルトロス・ソブル・アルトゥーゼ王子。二十四歳。面長で肌は雪のように白く、垂れ目で、怒っていても心の奥の優しさを隠しきれないような柔らかな顔立ちをしている。王位第一継承者であり、同時に宰相を兼任している。

「お兄さまコワーイ」

「明日の演説、楽しみにしているぞ。もちろんすらすら言えるのだろう?」

「うっ。だ、大丈夫です」

 そこへ青い軍服の女性が現れた。妙齢で茶髪のポニーテール。身長が高く、顔立ちもキリッとしている。

 軍服の色については『王家はちゃんと見ている』という意味で瞳の色が選ばれている。また、二の腕付近に別の色の生地が施され、役職や階級を示している。この女性は白と翡翠色のストライプ柄である。

「オルトロスさま、ミーファさま、おはようございます。オルトロスさま、お食事中、申し訳ありません。お耳に入れておきたいことが」

「あら。わざわざ近衛隊隊長のエポニーヌがくるなんて、他の隊員は何をやっているのかしら」

「こら。ミーファ」

 皮肉まみれの発言に、オルトロスはそれほど語気を強めず注意した。

 ミーファディルはエポニーヌを睨んで着席した。

 エポニーヌは咳払いしてオルトロスの隣にいくと耳打ちする。すぐさまオルトロスの顔つきが険しくなった。

「なんだと。廃墟でノクーヴェを目撃した?」

「ええ。それで三件の被害があがっています」

 エポニーヌがタブレットを見せる。オルトロスは固まって見続けたあと、ナイフとフォークを置いて腕を組み、笑みを見せた。

「あのじいさんが死んだのか」

「ええ。これまで潰された若者や傷つけられた女性は、さぞかし喜ぶことでしょう。しかしこの傷跡はよくありません。ノクーヴェだった場合、許してはなりません。奴らは血も涙もない極悪非道そのもの」

「確かにノクーヴェは許せないが、断罪できないワタシに代わって粛清してくれたことには感謝せねば」

「過剰な表現は民心の誤解を招きます」

「分かっている。ふう。それにしても、なんのための兼任宰相なんだか……」

 オルトロスの目は、遠くを物憂げに見ていた。

 いつの時代も社会という集団は綺麗事だけではない。必ず負の側面がある。

 このフェングニス王国も、民主共和政体だった頃から政治の腐敗はあって、誰もが正せずにいた。

 四〇〇年ほど前のことである。

 当時、ゼーヌ大陸は、資源確保を大義名分とした醜い人間感情による戦争があった。大陸南部に位置していたフェングニス共和国も戦争に巻き込まれ、多くの血が流れた。

 ある日、怪物の前進と言われた巨大な地震が群発的に発生し、戦争が一気に終結した。

 各国が混乱に陥っているさなか、フェングニス共和国も同様に混乱していた。

 宗教集団が議会を武力制圧したのである。フェングニス共和国は帝国と名を変えるが、一年経たずして経済破綻を招いた。彼らは武力こそあったが政治の知識は低かった。ハイパーインフレーションが起き、銀行は閉鎖。国民は怒り、暴動から内戦へと発展した。

 フェングニス帝国政府は、共和国時代の外務大臣、カラヤント・アルトゥーゼを宰相に置き、事態収集をさせた。

 カラヤント宰相は真っ先に皇帝の汚職に言及し、国民を味方に、謀叛という形で皇帝を追放させた。次に親交のあった大陸中心部の専制主義大国にフェングニス帝国を譲渡、フェングニスは自治領となった。

 フェングニスが経済危機から脱出すると、カラヤントは専制主義大国に引き抜かれ、税制長官なった。そのころ各国でようやくゼーヌ大陸での戦争原因、責任について言及された。それが国民主権への引き金となり、担ぎだされたカラヤントは民主化運動の先導者となった。

 内戦かと思われたが、専制主義側が民主化を受け入れる条件としてカラヤントを婚約者として迎い入れたいと提案し、これを受け入れた。

 カラヤント・アルトゥーゼは五十三歳で、皇族という地位を手に入れた。多くの国民はカラヤントに期待し、専制主義は生き残り、民主化運動は終息したのである。

 カラヤントは内部の改革に取り掛かり、三年で専制主義者を一掃し、権力の全てを手放した。国民はこれを称賛し、カラヤントを英雄と崇め、国名を彼の出身であるフェングニス王国に改名し、まったく権限のない王様に据えたのである。

 民主主義が台頭し、立憲政体の国になって半年後、汚職議員や派閥の権力抗争、特定の議員だけが暗躍して私腹を肥やすという時代が始まってしまった。

 そんな時代が二十年も続き、ついに国民は、専制主義者を利用して暴動を起こし内戦状態になった。

 見かねたカラヤント国王が政治の舞台に戻ってきて事態を収拾し、選挙で議員を選び議会で採決を行うという形を残しつつも、王家の権限が最終決定という、民主政治と専制政治を綯い交ぜにしたような政治体制を作って、後世への課題とし、永眠した。

 王家は基本的に、完成した法に対し、施行のYesかNoを決めるだけだが、国民から選ばれた議員たちの決定を安易には拒否できない。重視すべきは、そこに政治家たちの自己中心的な利権が含まれるかどうかを吟味することである。

 他に悪質な犯罪に限っては、王権をもって軍隊の指揮、憲兵隊による強制捜査や即決裁判を行えるが、証拠のなかなか出てこない犯罪は王権が発動できない。特に政治汚職については、秘書が罪を被ったり、証拠を隠滅したり、相手の口封じが行われたりと、裁くことは困難となっている。フェングニスは長い年月をかけて国内の安定に取り組むこととなった。

 オルトロスは歯痒かった。サラダパスタにレモンティーをかけて食べる。これほど不味い物はないと自分に言い聞かせて心を宥める。

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