表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『蝶は灰国に沈む』 終戦奇譚——二人で一人の旅路  作者: 紅音・フィオ・カワハギ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/9

序章 レインとノクーヴェ④

(あ、分かった。君も捕まりたくない田舎の孤児なんだね。ホント、孤児って親切を無駄にする社会のゴミだよ。君みたいなのが悪人になるんだ。君はアウス・エーヴィスに願いを叶えてもらって女王さまのような裕福な生活を送るつもり?)

(黙れレイン。キサマみたいなガキは一度、法的な罰を受けたほうがいい)

(あっそ。じゃあ、みんなノクーヴェにでも殺されちゃえばいいんだ。そのあとノクーヴェも全滅して討伐隊はボクが全滅させる。ボクは天才。完璧だ)

 少女は自分の胸を睨んだあと、目を閉じて耳を澄ます。

 場の流れが変わったように一陣の風が撫でた。

(足音は聞こえない。どこかを捜索中か?)

(ああっ! 君の、君の背後にっ)

(雑念は、レインだけ。近くに気配はない)

 完全に無視されたレインは少女の中で不貞腐れるが、やがて下を向いて不気味に笑った。

 ――よおおし。この女をカームの前に出してやる。

(ボクからヒントをあげる。カームは西側巡回が担当なんだ。東側から迂回して壊れた教会に向かうといいよ)

(ふう。お前は嘘をつくことに慣れてるな)

(事実だよっ。もう、本当に人を信用しない人だなぁ。どんだけ人間不審なんだよ。まったく)

 と、言いながらも、また不気味に笑う。

 少女は西側を警戒しながら一応レインの話を信じて東側に向かおうとすると、その東側から、背中に大剣を差した青年が歩いてきた。少女は慌てて隠れ、ジャージのファスナーを開けると、瞬時に薄いピンク色の首飾りを握った。

(おい、嘘つきレイン。方角って言葉を知っているか)

 レインは少女の慌てる様子に興奮したが、最後の言葉で不満げな顔をした。

(つーん。これは無視してるつもりだから)

 カームの声が聞こえてくる。

「姿はありません。そろそろそっちに戻るっす」

 少女は柱から顔を覗かせ様子を窺う。

 茶髪のツーブロック、たれ目で、体格は小柄。身長は少女やレインより頭一つ大きいくらい。控えめな色のジャケットにチノパン姿で、携帯端末を操作する様子は、親近感を持てるほど好印象だった。

 少女は、あんなお兄さんがいたら、と思ったところで唇を噛んだ。

(ところで泥棒レインよ。カームの弱点はあるのか)

(泥棒はしてない)

(レインという名の辞書には、泥棒は嘘つきの始まり、と書いてあるが)

(ううう。カームは自転車命なんだ。少しでも汚れるとすぐに手入れに戻る)

 少女は首飾りを胸にしまい、近くの小石を拾って投げた。

 カンッ。

「おわあああ、な、なんだ!? 俺っちの自転車が。カラスか? うわっ、愛車に傷が」

 カームは白いロングコートを体に巻き付けると自転車に跨がって去っていった。

(ボ、ボクは墓穴なんて――じゃない。ボクが正直者だって分かった?)

(ふん。嘘つき少年レイン。私は初めからお前など信用していない。それより道案内だ。お前の小遣いももうすぐだな)

(まったく、都合がいいんだから)

 辺りが静かになると少女は北に向かって歩きだす。

 レインの指示に従って狭い通りを曲がると開けた場所に出た。

(あれか)

 雑草の生い茂る中心に、屋根の崩れた教会があった。建物は小さく平屋で、村にある素朴な結婚式場のようなイメージだ。外壁はすでに緑が支配権を得ている。

(うん。中には幼い子どもたちと、ひょっとしたら巡回中のシスター、ミディって少女がいるかも)

(ミディってあの教会のシスターなのか?)

(そんなわけないでしょ。中央から来てる、ボクと同じ年の生意気な少女)

(強いのか?)

(うん。君と戦ったらいいシーンが見れ――いい勝負ができ、いや、ミディのほうが上かな。ノクーヴェより強いって噂だし。君はノクーヴェを見たら逃げるでしょ)

(あの喫茶店の店主が言うにはトラブルに巻き込まれたって言ってたな。となると、中にはノクーヴェがいるのか)

(可能性の一つだよ。男を見つけて遊び惚けているって可能性もある。そもそもノクーヴェはそう簡単には国に侵入できないんだよ。国境の防衛システムは優秀なんだ)

 少女は壊れた教会の目の前にきた。微かな明かりと、物音がする。確かに誰かいるようだ。

(何もなければ孤児が二人か)

(そうだね)

 少女は中に入った。

「ああん?」

 目の前にスーツ姿の老人が現れた。白髪のオールバックで額と眉間の皺が、まるで苦労の人生を物語るほど強烈だ。

「誰?」

(え、ゴロツキ? って、ミディ、うわっ)

 老人の後ろ、原型を留めない礼拝所の床には、両手両足を縛られて床に転がる子ども二人と金髪のシスターがいて、それを屈強な男が二人、見下ろしていた。シスターに関しては、服が切られており、ほとんど下着姿になっていた。

 老人は少女を睨んだ。

「お前も孤児か?」 

(ああっ。思いだしたっ。元法務副大臣のヴァウカーダだ。若者潰しで有名だった奴だ)

「G十三、十四以外に、ひ弱そうな男など名簿にはないが」

(ひ弱そうな……私のことか)

(否定しなよ。私は女の子。ぺったんこな女の子だだだだだあああああって)

「その言い方はやめなさい」

 シスターのミディが叫び、老人、ヴァウカーダが振り返って近づいていく。

「うるせえなあっ、シスター。孤児なんてのは存在価値なんかねぇ。番号で十分だ。それよりも、お前の味見をしたいんだよなぁ。前からいい女だと思ってたんだよ。若いもんは女を守る法律など作りやがるから、なかなか手出しができなかったが、へっへっへ。ギャンダルもいいことを教えやがる」

 ヴァウカーダがミディの目の前にくると、ゆっくり手を伸ばしていく。

「や、やめてよ」

 ミディは魚のようにバタバタと暴れて抵抗した。

「おい、お前ら」

「はい。ヴァウカーダさま」「かしこまりました。ヴァウカーダさま」

 屈強な男たちは声を揃え、子どもたちを踏みつける。

「痛いッ」「痛いよぉ」

 ミディは動きを止める。

 少女も握り拳を作った。

(卑怯な……)

(君、強いんだからなんとかしてよ)

 ヴァウカーダは子どもたちの目の前に行く。

「お前たちを奴隷商で売っていいからアタシを助けろ、ってミディは言ってるぞ。あっはっはっはっ」

「そ、そんなことは言ってないでしょ」

「じゃあヤラせろ」

「ふざけないでジジイ」

 ヴァウカーダは怒り、ミディの所に向かうと頭に足を乗せた。

「お前ら、入口の男は殺しておけ。そのあいだにミディ、お前を犯す。素直にレインの居場所を吐けばとも思ったが、なかなかこんなチャンスはないからな」

(レイン、お前どれだけ黒いことをやってるんだよ)

(君のような服装をしてる人に言われたくない)

「アンタ、タダじゃすまないからっ」

「おっと、何か力でも発揮するのか? これだから若い女はダメなんだ。余計なことをすると、子どもらの足と腕、なくなっちまうなぁ。それに、お前のことも夜遊びミディって世間にバラすぜ。いいのかなぁ? それとも俺たちを殺して殺人鬼になるか?」

「ひ、卑怯者、うっ」

 ヴァウカーダは足を離すと、屈んでミディの顎を持ち上げて睨みつけた。

「いいか、若い女ってのはな、男に逆らっちゃいけねえんだ。犯されて、犯されて、わんわん泣き叫び、男の道具として生きるのが存在意義だっ。女は男に、若者は年寄りに跪けっ」

「ふざけないでっ」

「その抵抗も、この下着を切って白濁まみれになれば素直になる。これから俺さまがお前の性格を治療してやるからな。女は男の道具になれ! 跪け! それともお前の秘密をすべて晒されたいのか? 女は男の下っ! 道具! 圧倒的年功序列。年寄りに跪け。黙ってやられろっ。じゃあこれから、いっぱいひっぱたくから抵抗した顔を見せろよ」

 ヴァウカーダは、ミディに馬乗りになると、歪んだ笑みを浮かべて頬を叩き始めた。

 パシンっ、パシンっ、パシンっ、パシンっ。

(ミディ。ま、待ってて、こ、このボクが、全部の人間をこの世から消し去ってやるから)

「ああ、うるさい奴だ」

 少女は面倒くさそうに頭の裏を掻いて呟いた。

「ああん。おいガキ、年寄りに逆らうのか? ふざけた奴め。お前ら、何をしている。さっさとそのガキを殺して川に沈めてこい」

「うおおおお」「死ねぇええ」

 屈強な二人が拳を振り上げて同時に襲いかかってくる。

 少女はジャンプして、右からくる男の頭に手を乗せ、力で押し込んで飛び越える。

 もう一人の男がすぐさま、少女の顔面にパンチを放つ。

 少女は躱してその手首を掴み、男の顔面にキックした。

「ぐあッ」

 男は吹き飛んで転がる。

 今度は、少女に頭を突かれた男が瓦礫の中から木の柱を手にし、振り下ろしてきたが、少女は片手で受け止めて、強く握ると力任せにねじ曲げ、バキッと折った。

「な、何っ!?」

(後ろっ)

 顔面を蹴られた男が壊れたイスを投げ飛ばしてきた。

「かはっ」

 振り向いた直後に、イスが少女の額を直撃した。血が流れ、滴る。

「はっ、ガキが、ざまあねーな」

「ちっ。もう頭にきた。みんな、いいかよく聞け。絶対に目を開けるなよ。ギュッと閉じて。いいよと言うまで、絶対だぞ。絶対に目を開けるな。それができたらこのパンをあげる」

「う、うん」「分かった」

 子どもたちは目を閉じた。ミディも涙を流しながら目を閉じる。

「それでいい。おいキサマら。覚悟はできてるかっ」

「何を偉そうに。いいだろう、ぶっ殺してやる」

 ミディに馬乗りになっていたヴァウカーダが上半身裸になって立ち上がる。スーツ、ワイシャツはミディの顔にかかった。

(噂には聞いていたけど、すごい体……)

 筋骨隆々の体と、それが分からなくなるくらいに埋め尽くされた様々なタトゥー。ヴァウカーダの体は異様そのものだった。

 少女は動揺せず、むしろ口元を軽く曲げて笑みを作った。そしてすぐにその笑みを消し、凛々しく口を引き締め、腕まくりをして、目を赤く光らせた。

 直後、体が変化していく。青紫色の肌、黒光りする楕円形の目、鎖骨まで伸びる昆虫の触角のような長い舌、何かの幼虫を宿らせたかのような赤い斑点が連なる連結構造模様の腕。手こそ人の形だが、甲には幾何学模様がある。

 その姿に少女の面影はない。化け物そのもの。

「ば、ばかなっ キサマ、ノ――ぐあああわわああ」

 室内の微かな明かりが壁に影を映す。

 小柄な体が、大柄の体を片手で持ち上げている。小柄な体のもう片方の腕が、刀のように鋭利な形になって向けられている。

「ヤバい逃げろ、ぎゃあああ」「ぐあああわわああ」

 刹那――。


 小柄な体の影は三つの体を放り投げた。建物を突き破り、遥か遠くに飛んでいった。

「もういいぞ。目を開けて」

 子どもたちは恐る恐る目を開ける。目の前には帽子を目深にかぶった、人の姿をした少女がいた。

「あ、あれ? 怖い人たちは?」「誰も、いない」

 子どもたちはその場の状況に驚くが、表情には安堵を含んでいる。

「ん? さっき星屑になったのを見たぞ」

 少女はガラスの破片を拾うと、まず子どもたちの縄を切った。次にミディの縄を切る。

 ミディは手をもぞもぞと動かして、上着からぴょこっと顔をだした。

「あ、ありがとう。って、顔に血が」

 少女は頬を撫でて血を拭き取ると、いやらしい舌使いでその指をなめた。

(き、キサマ、キサマあああああっ)

(どうしたレイン。そんな顔に似合わぬ怒号などだして。それが本性か?)

(キサマはっ! ボクの、人々の一番憎いやつぅぅ。戦争の原因め)

(そうだ。私は、討伐隊の、人間の、最大の敵、ノクーヴェだ。お前たち人間の死に、快楽を得るノクーヴェだ)

(騙したなぁああああああああああああああああああああああ)

「その、すごく強いんですね。アタシ、油断しちゃって。お兄さんは何者ですか」

 少女は屈んで、力なく座り込んでいるミディの頭を撫でて答える。

「特別に教えてやる。私はセルマだ。英雄だ」

 と、語尾を強めて言った。

(ふざけるなぁああああ、この悪魔めめえ)

「ほら、お前たちもよく頑張ったな。約束のパンだぞ」

「わああい、やったー」「あ、あの、ありがとう、ございます」

 子どもたちがパンを受け取りさっそく頬張る。

「シスター、立てるか?」

 ミディはセルマの手を取って立ち上がり、向き合う。

 金髪の腰まであるロングで、瞳は蒼く、その右下に二つの泣き黒子がある。夏の元気なお花さん、という言葉がぴったりな童顔で、セルマの口の高さの身長だ。

 ミディは頬を赤らめ口を開く。

「ありがとう、ございます。アタシは、ミディ。このご恩はいつかお返しします。では、また。ルマーダ」

 ぺこりと頭を下げたミディは、慌てて去っていった。

(ルマーダ? なんのことだ)

 セルマが首を傾げて不思議がるなか、レインは下を向いて考えていた。そして閃き、ニヤリと不気味に笑った。

 ――これって、ボクはいいものを手に入れたんじゃないか。くくっ、あははは、そうだよ。ボクは最高の物を手に入れたんじゃないか。これでやれる。楽園計画。消し去ってやる。感情を持つ生物はこの世界に必要ないんだ。アッハッハッハ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ