序章 レインとノクーヴェ③
「私もそんな気がしてきている」
(もしかしたら、口にしなくても会話できるかも)
少女は口を閉じた。
(ひ弱そうな性格崩壊弱虫変態少年レイン)
(はいっ。って酷すぎっ。ぺったんこに言われたくない)
(黙れレイン。だいたいなんなんだこの最悪な展開は。なんとかしろ。ここから出ていけ)
(……む、無理だよ。ボクだって困惑してるんだよっ。なんとかして。ここから出して)
(くっ。互いに念じたら出られないか?)
(やってみる)
少女は深呼吸して、ゆっくり目を閉じる。瞑想状態に入ったが反応はない。
(お前、ふざけただろ)
(いや、君がふざけたんだ。落ちた衝撃かもしれないから、どこかに体をぶつけたら?)
(私に痛い思いをしろというのか)
と言いつつも、自ら壁にぶつかって、本気で頭を抱えた。
(だ、大胆。……む、無理しなくていいよ)
(とにかく、思いつくことはやってみる)
壁にぶつかったり、頭を激しく揺らしてみたり、ジャンプを繰り返してみたり……。でも何も変化は起きなかった。
少女は腕を組んで考えたが、レインはかえって不満が込み上げてきた。
(も、もういいよ。そんなに必死にやられたら、まるでボクが邪魔者みたいでしょ)
(あのな。私はアウス・エーヴィスに頼む願いは決まっているんだ。お前を外にだすためになんか使わないぞ。必死にやって当然だ)
(えっ!! ……くくくく。君、あんなお伽噺を信じてるの? 子どもだね。可愛いでちゅねぇ)
(お伽噺? 嘘を言うな。私の……村では有名な話だ。歴史は古いが、……村の人から救ってもらった例が残っている。フェングニスが大陸中心部に遷都できたのはアウス・エーヴィスの助力があったからだ)
少女の、妙な間に、レインは若干の疑問を感じつつも薄気味悪く笑う。
(……なるほど。田舎育ちかぁ。昔々あるところにおじいさんとおばあさんがアウス・エーヴィスに助けてもらいました。私はその話を信じて都会に出てきました。こんな感じ? くくくくく)
少女は顔をしかめた。
(まあいい。お前がどんな方法で私を騙そうとしているのか知らないが、行動は私に委ねられているようだ)
少女は帽子を取って短い髪を束ねて折り曲げ、ふたたび帽子を被った。建物の壊れたガラスで後ろ姿を確認し、髪の毛を手直しして完全に帽子に隠した。
(あ、カッコ可愛い大幅減少、性別不明。で、どんな願いをするつもりだったの)
(教えてやらん)
(どうせ、大した願いじゃないんでしょ? ボクのほうは正義のための立派な願いがあるというのに)
薄暗い通りを眺めていると、火の玉のような明かりが見えた。目を凝らすとライトの光だと分かる。水を跳ねる音とともに近づいてくる。
「こっちに死体があったぞ」
今度は後方で誰かの叫び声が聞えた。
少女は驚いて振り返ったが何も見えない。しかし挟まれるのは確実だ。急いで路地裏に入った。瓦礫で埋め尽くされた道なき道を進んでいくと、自分の身長の二倍はある大きな瓦礫が現れた。少女は弾みをつけてジャンプし、瓦礫に飛び乗ると、廃墟の二階に隠れた。
「確か、少年少女に見えたぞ。近くにいないか探してみるんだ」
足音が散らばり、二つの光が左右に遠ざかっていくのが確認できた。こちらに向かってくる光はない。
(で、お前の正義はなんだ)
(それはね、この世界に住む感情を持つすべての生物を消し去ること。楽園計画。ボクはね、やましいことはないからお姉さんと違って正々堂々正直に言える。これを清廉潔白って言うんだ)
子どもが大人の前で発表するような明るく元気な声だった。
(嘘をつくな。さっきのゴロツキはなんなんだ? どうみても何か後ろめたいことをやったに違いない)
(やってないよぉ。正義のための楽園計画、その第一段として、お祭り会場に突撃するよう依頼したんだ)
(お前がどんな方法で私を騙し、陥れるつもりか知らないが、やめとけ)
(ホントだって! 『謝礼金はボクの保護者になれる』って言ったら計画を立てて実行したんだけど、運悪く王国軍に見つかっちゃったんだ)
少女は辺りを見回す。狭い路地裏では周囲の様子は分からず、軽く息を吐いた。
(まあいい。パンを届ける)
(あ、お姉さん、パン泥棒でしょ? 泥棒はね、嘘つきの始まりって言うんだよ)
(近くまで来てると思うのだが、どこなんだ? あの番号がよく分からん)
(無視された。あのね、番号は孤児たちに割り当てられたもの。孤児はね、名前で呼ばれないの。番号で管理するの。君、世間を知らなすぎ。何歳?)
(十五歳)
(えっ、ボクと同じ歳? あ、そうだ。ついでに名前。あとスリーサイズ。身長と体重も。因みにボクはレイン・マクダニア。文武両道のレインって覚えてね)
(黙れ。私は教えてやらんっ)
(ガーン。あのね、嘘だの騙すだの、ダマスカスじゃないんだよ。せめて名前くらいは――)
(ダマスカスとはなんだ?)
(はいはい。ギャグのつもりだよ。架空の飲み物のこと。はあぁあ。もういいや、パンを届けよう。ここでムスッとした表情で立ち止っていると怪しまれるよ。ただでさえ服装は怪しいんだから。その格好は趣味? 暗い系をアピール?)
(うるさい。私はミニスカートが好きだ反応するな早く道を案内しろ)
(くくく。北に進んでよ。壊れた教会に十三と十四がいるから。できれば勢いで名前まで喋ってほしかった)
(番号だなんてふざけていやがる)
不機嫌な少女は、レインに案内されて廃墟を北へと進んでいく。カビと苔の匂いが入り混じり、雨上がりで湿気がすごいうえに視界が悪く、たまに足を滑らせる。
(これぞ不快感極まりないってやつだね)
(私は平気だ。それにしてもなんでこんな酷い街なんだ。ここは王国の首都だろ)
少女は別世界に来ている感覚だった。
(八年前までは、ここにノクーヴェが多く潜んでいたんだ。でも、討伐隊が包囲して、王国軍が兵器でやっつけたんだ。防御力に優れたノクーヴェでも直接ミサイルとか食らえばさすがに死ぬ。だけど、そのせいで街はめちゃくちゃ。大きな会社では民間放送局も木っ端みじん)
(国はなんで直さない)
(分からない。大人の事情、それぞれの思惑、じゃないかな。あーあ、せっかくボクが最高の楽園を創ろうと思ったのに、先にミサイルを使われちゃって、残念)
レインは、まるで美味しいものが食べられなかった子どものような、可愛い声を発した。
(なんだそれは。ふざけてるのか? お前はノクーヴェか?)
(あんな、孤児以下のゴミのような外道と一緒にしないでよ。ボクはね、平和のためって言ってるの)
(…………)
少女の目が怒りを表す。
(人間ってさ、ふざけた生き物だよね? 表向きニコニコしながら本当は自己中心。ある人によっては暴力に走り、ある人は弱さを利用する。誰か一人を助ければ誰かが悲しむように世の中はできている。その悲しみが不幸を生む)
(そうは思わないが)
(例えばボクがお姉さんを彼女にしたら、他に君を狙っていた誰かがガッカリする。復讐する。そして同じように、どこかでカップルが生まれて、ガッカリする人がいたら、全員がガッカリだけでは終わらない。世界のどこかの一人が何か悪いことをする。一位になれなかった人が、全員『自分の努力が足りない』って言えばいいよ。でも必ず嫉妬するやつがいるんだ。そしてこの世界の誰か一人くらいは罪を犯す。それが悲しみを生んで、またどこかの誰かが傷つく。その傷ついた人の中からまた悪人が生まれる。だからさ、いらないんだよ。世界中が百パーセント同じ考えにならないから、そんな生物いらない)
少女は思い詰めたように顔を上げた。
――お前は根が深いな。何か、嫌な過去でもあるのか。
(あ、ボクのこと、すごいって思っちゃった?)
――ん、通じてない。
少女は自分の胸を見る。
(お前も人間だろ)
(君も人間でしょ)
腕を組んだ少女は、意識的に上を向いた。
――悪魔の破壊神レイン。失敗して可愛い声で泣き崩れろ。
(ボクは~神に認められた~創造主~♪ 理想的なぁ~世界を作る~♪)
――どうやら上を向くと聞こえないようだ。
(まあいい。私は騙されない。お前の裏に何が隠れていようとも、私は私の目的を果す。アウス・エーヴィスに会う。そのためにここに来たんだ)
(はあぁあ、お伽噺を信じる変な女の中に入っちゃったなぁ)
レインは最後にまた大きな溜め息を吐いて反応しなくなった。
少女は歩いていると、道の中央に止まっているスポーツタイプの自転車に気づいた。白い上着に目がいくと、少女は建物に隠れた。
(あのマウンテンバイクは、カームって人のだよ。さっきの騒ぎで巡回にきたんだ)
(どうして分かる)
(あのカッコいい自転車とハンドルに付いているキーホルダーが彼の目印)
目を凝らすと黄色い魚のアクリルキーホルダーが見えた。
(じゃあ、さっきの巡回してた奴らは、討伐隊?)
(むしろ、それ以外の何? 緑の光線を放ってたでしょ。ノクーヴェだったら皮膚に反応が出る。耐性があるノクーヴェがいても鎖骨や二の腕は確実に反応が出る。正式には『対ノクーヴェ透過グリーンライトビーム』というカッコ悪い名前があるんだけど、君の田舎ってこういう常識は教えないの)
(いちいちうるさい。でも、そうか。カームって確か、最年少でノクーヴェ討伐隊に入った人だったな。私も聞いたことがあった。驚異的な視力と飛び道具の絶対的コントロールを持つという)
(それで、なんで隠れるの? 近くにノクーヴェはいないと思うよ。ノクーヴェは戦争で負けたの。今は戦争の残処理。一部のノクーヴェがこの国に逃げ込んだって噂は絶えないからね。一応、ここはノクーヴェが隠れていた場所だから、警戒してるだけ)
(…………)




