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『蝶は灰国に沈む』 終戦奇譚——二人で一人の旅路  作者: 紅音・フィオ・カワハギ


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序章 レインとノクーヴェ②

 黒い格好の人は三階建ての屋根に逃げていた。

(これはありがたく頂いてやる。タダで食わせて、どんなことをさせるつもりだったのかは知らないが、こちらが一枚上手だったな。腹ごしらえをしたら、アウス・エーヴィスを探さねば)

 パンを袋の上から軽く触る。柔らかい感触とともに微かに小麦の匂いを連れてくる。おかげで、胃袋が空腹の悲鳴を発した。腹部を擦ったあと、急斜面の屋根を東北東とは真逆に走りだす。スピードを上げ遠心力で屋根を攻略しながら十数秒後、地面からの視界が少ない平らな屋根を発見し、腰を下ろしてパンを食べようとした。

 ――じゃあ、お願い。子どもたちにパンを届けてやって。

 そう喋った先ほどのラーガが、頭に現れる。

 口元でパンが止まる。

 グウゥウゥウ。腹部から音がした。

(せっかく手に入れたんだ。まずは空腹を満たさねば)

 半開きになった口をまた開く。

 ――お願い、オイラたちのような子どもたちを増やさないで。

 狙ったかのように記憶がよみがえった。あの男の子が涙目で訴えている。

(だ、騙されるやつが悪いんだ。このパンを食べて……)

 腕に力が入る。少しだけ顎を震わせる。

「くっ」

 黒い格好の人は唇を噛み締めてパンを戻した。 舌打ちして、東北東の廃墟に向かって走りだす。

(そういえば番号を言ってたな。あれはなんなんだ。聞いておけばよかった。どこかに番号でもあるのか)

 似たような屋根を走ること五分、道を飛び越えようとジャンプしたとき、視界の先に大きな黒い円が見えた。疑問を抱え進んでいくと、はっきりしてきた。

「ここがアリクス。同じ市街地とは、とても思えない」

 そこは廃墟だった。明かりが著しく乏しく、建物のほとんどが崩れ落ちていたり、骨組みが剥きだしになったりしていた。近くにくると、建物の様子が周囲と違っていて、ハーフ・ティンバーではなく鉄筋コンクリート造りに気づく。瓦礫、鉄筋が散乱し、至るところに苔が生えていて、耳を澄ましても何も聞こえない。そこだけ戦争があって数十年も時が止まったかのような雰囲気である。

 黒い格好の人は廃ビルの屋上までやってきた。

 辺りを見回すが何も目印はない。小さく息を吐いて踵を返した直後、奥にある出入口の扉が、バンッと勢いよく開いた。

「う、うわああっ、いてっ」

 レインが現れて、転んだ。

(アイツっ。追ってきたというのか。くっ。なんという執念だ。見られたな。こうなったら息の根を――)

 黒い格好の人がレインに近づいていくが、レインは扉を見て怯えていた。数秒後、鉄パイプを持った男が現れ、立ち上がろうとしたレインを踏みつけた。

「ふぎゃあ」

 まもなくして、もう一人、扉から顔中にタトゥーの入った太った男が現れた。

「ぞごにいだのが、レインッ。ごの前の仮をだっぷり返してやどぅ」

「うわあああ。ボク、死んじゃう。幽霊になったらみんな呪い殺してやるぅ! って、あ、さっきのカッコ可愛いお姉さんだ。助けて」

 レインにつられて男二人が視線を向ける。黒い格好の人は身構えた。

「くっ。なぜ、私が女だと――あ」

 一瞬、強い風が吹き、帽子が取れる。クリーム色の、ストレートのボブショートが姿を現した。風になびく髪に加え、二つの月が少女の顔を照らし、赤い瞳を輝かせる。そこにいた男たちが息を呑むほど、じゅうぶんな妖艶さが醸しでていた。

「ぶははは、いい女だぁ。女っ、ごごでレインをボコボコにズるか、お前が体を売って助ゲるが、選べっ」

 太った男が叫ぶと、鉄パイプを持つ男が、レインを踏みつけたまま高く構えた。

 少女はニヤリと笑った、刹那――、

「ぐボっ」

 鉄パイプを持つ男が吹き飛ばされた。レインと太った男は何が起きたのか分からなかったが、少女が膝蹴りの姿勢で舞い降りた。

「ゴのおおおお」

 太った男は近くの瓦礫を拾って少女の顔面に投げつけたが、少女は落ち着いた表情で首を傾けて躱した。太った男は歯ぎしりして今度はタックルしてくる。

「ふっ」

 少女は鼻で軽く笑うと、迫ってきた体を片手で押さえ動きを止めた。

「な、何ぃい。ゴのおおお」

 太った男が体重をかけるがまったく動かない。

 少女は左足を軸に回転して、右足で太った男の顔を蹴り飛ばした。

「すごっ、つよっ。あ、お姉さん後ろ」

 膝蹴りされた男が起き上って、鉄パイプを持って襲ってきた。

「死ねぇええ」

 少女は踵を返し、振り下ろされた鉄パイプを素手で受け止めた。数秒間の引っ張り合いをして、少女は勢いよく手を放す。

 男が勢いで後ろに転がって尻餅をついた。

 その隙に少女はレインの首根っこを掴んで走り、瞬時に端へと逃げ、パンの入った袋を拾い上げた。

「お、お姉さん、痛いんですけど」

 少女は、レインの首根っこから手を離し、胸元に持ち替えてレインの顔を見つめる。

「怪我はなさそうだな」

 少女の微笑んだ顔に、レインは顔を赤くした。

「このおおっ」

 ふたたび鉄パイプを持った男が走ってきた。

「懲りない奴め」

 少女はゆったりと呟くと、レインを抱えて高くジャンプする。

「うわっ。すごい跳躍力」

「な、何ぃいいい。あ、ああああああ」

 鉄パイプを持った男は勢いで駆け抜け、悲鳴を上げて落ちていった。

 太った男が口を開けて呆気に取られていたが、我に返り、両手を広げて襲ってきた。

 少女は、レインを抱き寄せてジャンプした。太った男は手前で立ち止まる。

「バがめ。同じ罠を食らうが。なっ」

 少女は太った男を飛び越えて背後に回ると、レインとパンの袋を離して、両手で太った男の腕を掴んだ。そのまま力任せに回転し、徐々に勢いをつけ、ハンマー投げのように太った男を放り投げた。

「うりゃああああ」

「ぶわわあああぁあぁあああぁああ」

 太った男は、彼方へと消えていった。

「ふん。海まで飛んでいったかな。泳いでまた会うことができたら戦ってやるよ」

 少女は、ニヤリと笑った。

「す、すごい。あんな細い体のどこに、そんな力があるんだ? いや、異常すぎるよ」

 呆気に取られ、レインは思わず呟いた。

 少女は帽子とパンの袋を拾って、レインを睨む。

「お前、なんでアイツらに狙われたんだ?」

「えっと……」

 レインが空を見上げて悩んだ直後、少女とレインに緑の光が当たった。別の建物の屋上からだ。ライトというよりはレーザー光線だ。大人でもすっぽり全体が照らせるほどの大きさだ。

「そこで何をやっている」

 男性の叫び声だ。

「こ、この光は!?」

 少女は驚愕し、ライトを手で隠すも、足が震えてふらつき、レインを巻き込んで転落した。

「びいやあああ、カッコ可愛いお姉さんっ。ボクが下敷きになるぅ」

「キサマ、騙したなっ」

「何もしてないよっ」

「嘘をつくなっ」

「びええええん、死んじゃうううう。ボクの楽園計画があああ」

 レインの目が光を失い黒ずんでいく。

「くっ」

 少女は空中で体をねじり、自分が下敷きになるような体制になってレインを抱き寄せた。

「うおおおお、胸がぺったんこおおおお」

「な、殴るぞっ」

「死んだら全員呪い殺してやるぅ」

 少女は目を赤く光らせた直後、背中から地面に叩き付けられた。

 ドックンッ。激しく鼓動がなった。

 少女は後頭部を押さえながらゆっくり起き上がる。

「いったああぁ。くっそぉ、え、あれ? レイン、どこだ?」

 辺りにはパンの袋だけが落ちていた。パンは無事である。

(いない。まさか、私を騙す作戦か?)

(ボクはここにいるよ。というか、お姉さん、どうして無事なの。あの高さから、だよね? 全身打撲、だよね?)

 声は至近距離だ。耳元にいてもおかしくない感覚である。しかし誰もいない。

 少女は眉間に皺を寄せて、僅かに首を傾げた。

「どこにいる。誰もいないぞ。どうやって私を騙そうとするのか分からないが、お前では無理だぞ」

(え、何を言ってるの。ここだよ。ここ。ほら、ボクが右手を伸ばせばパンの袋が取れる)

 少女は立ち上がって高速で一回転したあと両手を背中に回して無造作に激しく動かす。何も起きず、仕方なく屈んで右手を伸ばしパンの袋を取った。中身を取りだして齧ろうとする。

(え、ええ。これは食べない食べない)

 またレインの声だけが聞こえてくる。ますます眉間に皺を寄せ、目を閉じて考える。数秒後、閃いたように目を開くと、パンを戻し、自分で自分の頬を叩いた。

(痛いっ……あれ、痛くない)

「これは私の手、私の体だぞ」

 少女は、壊れたガラスに近づき自分の顔を見る。

(そんなっ。ボク、お姉さんの顔になってる。……ひょっとしてボク、お姉さんの体の中かも)


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