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『蝶は灰国に沈む』~二人で一人の旅路~  作者: 紅音・フィオ・カワハギ


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第二章 アウス・エーヴィスを目指して⑩

 「そ、その、お願いがあるんだ。近くの、エリンちゃんっていう女の子が旧ナーバリ社の地下二階にペンダントを落としちゃったんだ。それで取ってきてほしくて……」

「え、うん、いいよ。……ミディがいたらまずいのか」

 マクは、もじもじする。頬は全然染まっていないが。

 フュドが代わりに答える。

「ミディさん、こういうの、空気、読めない。真っ直ぐ、タイプ」

(ぷくくく。それでミディを引き離したんだね。セルマ、楽勝でしょ)

「旧ナーバリ社だったな。よおし、ミディより先に帰ってくるぞ」

 セルマは人間のスピードで走り出す。

(あれ)

(どうした、レイン)

(マクくん、笑っていたような)

(ペンダントを渡すことでも考えていたんじゃないか?)

(いや、あれは……。いや、分からないや。ボクの気のせいかも)

 一瞬、走るスピードが緩んだ。

 だがすぐに、セルマは考えを振り払った。

 地図のおかげもあって五分ほどでたどり着いた。

 廃墟といっても、ある程度は建物の位置や道も理解できる。

だが、ナーバリ社跡地は、瓦礫の平原と丘だった。建物はおろか、道や周辺の状況さえ分からない。

『崩壊、危険。立入禁止』の規制線だけが場所を教える唯一の手がかりだ。

 なおナーバリ社は、正式名、ナーオス・B・アリシャ放送網株式会社で、Bはビロイケン会長のBである。

(確かに、あちこちに子どもしか通れない空洞があるな)

 セルマは、見える範囲の空洞を周り、中に入れる場所を発見して、地下一階にきた。

(真っ暗だあ。怖いよぉ)

(誰の真似をしてるんだ)

(え、うーんと、エキストラ?)

 何を言っているんだコイツは、と思うセルマだったが、懐中電灯を取り出して辺りを照らすと納得した。

 瓦礫が散乱しているが、元は一般客向けの展示場だった。何かのキャラクターや昔の放送機材の模型などある。変色や破損で見るに堪えない。

 雨水が垂れ落ちたのか、所々カビも見られる。空気も淀んでおり、外よりも臭いは強い。

 ゴロゴロゴロゴロ。地上に多少でも動きがあると、何かの拍子で瓦礫が落ちてくる。

(この状況でさらに下に行くのか)

 歩き回るが階段は見つからず、瓦礫で何度も躓いた。社史の説明がある通路にきて、足を止める。目の前の『国内ジャーナリスト社会部・銀賞・ジョルヴェリーナ・ミッデンヴォール』の記事を一瞥して壁に凭れ、溜め息を吐いた。

(もう諦めたら。今日は出掛ける所があるでしょ)

(いや、まだ探す)

(本当は真実を知るのが怖いんでしょ)

 セルマは少し間をおいて話す。

(マクは、人を騙すような子じゃない。フュドもな)

 レインも間をおいて話す。

(そうかなぁ。あのマクくんの笑い方は人を騙すときに似ていたよ)

(そんな根拠のない――)

「きゃっ」

 踏み出した一歩で床が崩れ落ちた。セルマは額から地面に叩き付けられた。

 額を拭って懐中電灯で辺りを照らす。

「ここも、展示場か」

 地下二階は、展示物よりも『これで映画を撮ろう』などの体験コーナーだった。

(せ、セルマ。おでこから血が)

(ん、ああ。ノクーヴェになるのを忘れていたな。ふっ、これくらい心配ない)

 ガラガラガラガラ。

 またどこかで崩れた音がした。

(ねえ、ヤバいよ。帰ろうよ、セルマ)

(何がヤバい)

(このままだと埋もれちゃうよ。帰れなくなっちゃう。ボク、思い出したんだ)

(何を?)

(このアリクスの地下には、地下通路があるって噂。歓楽街の人々とアリクスは癒着していて秘密の通路を作ったんだ。ミサイル攻撃で破壊されたんだけど、まだ崩れていない通路があって今ごろになってあちこち崩れているんだ。きっとこの近くにその通路があって、急に今、崩れだして、セルマは終わり)

(ふうん。通れない通路なんか興味もないが、崩れても平気だ。私はノクーヴェだぞ。いざとなったら瓦礫くらい突き破ってやるさ)

(あ、そうか)

 辺りを捜索していると、強烈な異臭が漂ってきた。カビとは違う。生臭さだ。

 セルマは警戒して明かりを消し、臭いを頼りに進んでいく。

 真っ暗の中、足元に細心の注意を払いながら、ゆっくり、前に進んでいく。

 次の一歩で、石像のように固まった。

(これは、なんの音だ。誰か潜んでいるのか)

(こ、怖いことを言わないで)

 レインの声が震えている。

(ん――)

(ひっ)

 目の前には多くの小さな光が動き回り、チチチチチチチチチという音がしていた。

(ネズミだな)

 セルマは懐中電灯を点けた。

「うっ」

 ネズミが一斉にどこかに逃げ、代わりに複数の骸骨が姿を現した。

 辺りには字が霞んだ何かの看板や、街灯などがある。折れたフルクスソードもあった。

(どうやらノクーヴェと戦闘になったらしいな。そしてミサイルが落ちて陥没した)

 改めて辺りを見回すと、資材室と思われる部屋だった。

(は、早く出ようよ)

(ペンダントを見つけないと)

(う、噓だって。絶対に嘘。な、何か、セルマを引き離さなきゃいけない理由があったんだよ)

 震えながら早口で話すレインに、セルマも胸の奥が微かに痛くなった。

 だが、

「あれは」

 セルマは目を赤く光らせノクーヴェになって、骸骨の先にいった。

 頭部がない、一つの骸骨が何かを握っている。金のメッキが剝がれた丸いペンダントだった。

(あった。あいつらは嘘なんて――)

 開いた直後、セルマは言葉を失った。

 ペンダントの中には、男女が寄り添って笑う写真が収められていた。

 だが片側は破れていて、女性の顔は半分しか残っていない。

 残されたその横顔は、どこか穏やかで、大切にされてきた時間だけが、はっきりと伝わってきた。

(どうやら、ボクの意見が正しかったようだね)

(……他人の大事なものを、じろじろ見るもんじゃないな)

 セルマは蓋を閉じてペンダントを握りしめた。

 直後、

「うわああああああ」

 叫び声がした。近くだ。

(マクの声だ)

「た、助けてええ」

 懐中電灯を照らしたが何も見えない。

「マクッ。聞こえたら返事しろ」

「ルマーダさん。こ、ここだよ。動けない」

「ケガしたのかっ」

「違うよ。小さな部屋みたい」

(声が籠っている。まさか、瓦礫の中か)

「そのまま待ってろ」

「うん」

 声の方角に進んだがマクは見つからず、瓦礫にぶつかる。

「マクッ」

「ここだよ」

(瓦礫の中、みたいだね)

 セルマは懐中電灯を加え、ノクーヴェに変えた足で蹴飛ばした。

「ル、ルマーダさん」

 瓦礫と瓦礫の間にできた微かな空間にマクがいた。その顔は泣きそうではなく、怯えていた。

 セルマは手を伸ばした。

 マクは震えながら手を伸ばして指先だけを握った。立ち上がっても下を向いたままだ。

 すべてが物語っていて、セルマは問い詰めようとマクの両肩を掴んだ。

(セルマ、本気で怒るんだ)

 レインのおかげで冷静になれた。開きかけた口を閉じ、微笑む。

「探しに来てくれたのか」

「う、うん」

「ありがとな」

 セルマとマクは階段を探す。

 見つからないどころか、先ほどの崩落は他でもあったようで地形が変わり、道が無くなっていた。

「多分、どこも崩れちゃったみたい」

 マクと合流した最初の場所に戻ってきた。

「瓦礫を重ねて、それで、この上に戻れないか」

「そうすれば戻れるけど、これ重すぎだよ」

 セルマはニヤっと笑って、自分と同じ大きさの瓦礫を重ねていった。

(はい、ノクーヴェってバレました)

「すごい。ルマーダさんって、本当に強い」

 マクは疑いもなく目を輝かせた。

(どうだ。子どもとはこんなに無邪気で可愛いのだぞ)

「さあ、行こう」

「はい」

 二人は地下一階まで戻った。

 来た道を戻ったが、

「そ、そんな」

 通ってきた出入口は、大人よりも遥かに大きい瓦礫で塞がっていた。

 セルマが押しても引っ張ってもまったく動かない。

「ルマーダさん、あっちを探してくる」

 他の出口を探しにいったマクが数秒で戻ってきた。懐中電灯で照らすと最初に見た時よりも前に進めなくなっていた。

 さすがにセルマも冷や汗を掻いてきた。眉も変なハの字になっている。

 その様子を見てマクが泣きそうになった。

「ご、ごめんなさい。無理な、お、お願いをして」

(そこじゃないでしょ。セルマを騙したことを謝ってよ)

「とにかく、外に出よう。話はそれから」

 二人で塞がった出入口を押したが、やはりびくともしない。

 目の前の瓦礫が、異様に大きく感じた。

(こうなったら、ノクーヴェになるしかない)

(確実にバレるよ)

 セルマは躊躇った。隣で力なく座るマクの顔を見ていると何もできなくなる。

「ごめんな。力不足で」

 黙って下を向いていたマクが涙を浮かべた。

「そ、その、ごめんなさい、ごめんなさい、本当は――」

 ゴロゴロゴロゴロ、ドオオン。

 突然、目の前の瓦礫に穴が開き、明かりが射し込んだ。

「ルマーダッ」

 ミディだった。隙間から顔を覗かせる。

「どうして」

「まずは外に出ましょう。そこから離れてて」

「何をするんだッ、危ないぞ」

 ミディは微笑んで離れた。セルマもマクに袖を引っ張られて離れた。

 その直後だった。

 ドオオオオオオオン。

 瓦礫が雪崩の如く中に流れ込むと同時に、ミディが飛び蹴りの姿勢で入ってきた。

(す、すごい)

(これぞお転婆の象徴だね)

 大きく開いた穴から三人は外に出てきた。

 入る前と何も変わらない瓦礫だけの光景がある。

「どうやってここに」

「そ、それは、ってルマーダ、その傷」

「大したことない。血も止まっている」

 袖で拭うと血の汚れは取れた。

 ミディは何も言わず、マクを厳しい目で見ている。

 三人は壊れた教会に戻ってきた。

 太陽が雲の影に隠れる。

 フュドが顔を上げ、こちらに気がつくと下を向いた。

「二人とも、そこに並びなさい」

 ミディが少し声を張り上げた。

 マクとフュドは下を向いたまま、小さな歩幅で入口に並んだ。

「まず、ルマーダに謝りなさい」

 二人は縮こまる。もう顎が震えていた。

 ミディの呼吸だけが耳に届く。

 セルマは意識して驚いた表情をする。

「どうしたんだ、ミディ」

「この子たちはね、ルマーダを罠に嵌めたんだよ」

「……そうなのか」

「二人はね、ルマーダに見捨てられたと勘違いして、しかも喫茶店の新しい男の子と仲睦まじい姿を見て嫉妬したの。だからルマーダに振り向いてほしくて、ルマーダを危ない所に行かせて、自分たちでルマーダを助けて、気を引こうとしたの」

 マクもフュドも、頬に血の気がなかった。

 ミディは言葉を重ねる。

「こんなの、子どものイタズラでも度が過ぎるってやつよ……っ」

 一瞬だけ、ミディの声が震えた。

 マクとフュドの目から涙が零れた。

(なるほどねぇ。それで喫茶店にきた時も遠くから見てたんだ)

(……配慮の足りなさは、自覚する)

 ミディの刺すような目付きは変わらない。

 マクとフュドは涙を何度も拭う。

「さあ、ルマーダに謝って。ほら、謝って」

 ――返事はない。

「……謝りなさいっ」

 怒号が響いた。

 フュドは限界を迎え、わんわん泣き出した。

 マクも強く目を閉じているが、溢れる涙が多くなっている。

「ミディ、何を言っているんだ。マクとフュドはペンダントを探してきてほしいって頼んだだけだぞ」

「それは噓なのよ。そもそもペンダントなんて――え」

「ほら、見つけたぞ」

 セルマはペンダントを三人に見せた。縁が雲の隙間から覗いた光に照らされる。

 マクとフュドは驚きに圧倒され、涙が弾けた。

「ルマーダさん。ど、どこで」

「ちゃんと地下二階にあった。それに、マクは助けに来てくれたんだ。ありがとな」

「ルマーダ、さん……」

 セルマは、震えるマクの手を取った。

 冷たい。

 ペンダントを手に乗せ、握らせる。

 顔を上げたマク。涙の通った痕跡が一瞬だけ光った。

「今度、遊びに行くよ。何して遊ぶか考えておけよ」

 セルマはフュドも引き寄せ、二人の肩に手を乗せて微笑んだ。

「うん」「はい」

 目元に雫を残して頷く二人は笑顔になる。それは雪山にひっそりと咲く花だった。

 二人の肩から頭へ、セルマの手は移動していた。

 撫でる。

 さらさらしている。

 セルマはミディに向き直った。

「それからミディ。君の誤解で二人を泣かせたんだから、謝って」

「え、だって……。ううう、怒鳴って、ごめん」

 マクとフュドが全力で首を振った。

 その動きが、必死に何かを否定しているように見えた。

 セルマは肩の力が抜けた。

「じゃあ行こうか、ミディ」

 マクとフュドに手を振り、口をヘの字にしているミディの手を握って壊れた教会をあとにした。

 壊れた教会が見えなくなったタイミングで、

「ルマーダ」(セルマ)

 二人の声が重なる。何か言いたげだ。

 セルマはミディの手を離し、顔を背けて質問する。

「フュドを問いただしたんだろ」

「……うん。多分、最後は厳しかったと思う。でも、怒らないでルマーダ。アタシ、本当に心配したんだから。もちろんルマーダがマクとフュドに思い入れしてるのも分かる。最初、アタシがルマーダと二人を引き離したのも今は反省してる。せめて別れの挨拶をさせるべきだった」

 ミディが早口だった。振り向くと涙目だった。

 セルマは微笑む。

「ありがとう。助かったよ」

 ミディの顔は一気に紅潮した。

(ストップ。セルマたん、君は女だよ)

(は? 何を言っているんだ)

(どうやら、お勉強をしなければなりまちぇんね)

 レインを無視し、セルマは続ける。

「ミディ、君が一緒に来てくれて、よかった」

「ルマーダ……」

(あーあ)

(閉じ込められて助けてくれたこともそうだけど、本当はちゃんと注意しなきゃって思ったんだ。でもミディが言ってくれたから、庇うほうに回れた。マクとフュドには素っ気ない態度しかできなかったから、あそこで怒ったら嫌われると思たんだ。だからミディが怒ってくれたことには感謝しなきゃ)

(はあ。もう。そういうことはね、今は言っちゃダメなんだよ)

(どうしてだよ)

 レインが顔を上げる。

(……カッコよさが、セルマの良さが半減する)

(なんだよそれ。あのな、私にも感情があるんだぞ)

(はいはい。優しいノクーヴェさんね)

 セルマはレインに聞こえないように顔を上げた。

(……あのときは、守れなかった)

 レヴニールの冷たくなる手。

 セルマは目を細めて自分の手のひらに視線を向けた。

 同じように手を離した。でも、今回は違う。

 まだ午前中。

 ミディが、ただ頬を染めたままセルマに付いていく。

(セルマ……)

(なんだよ)

(……なんでもない)

 順調にパンを配り終え、喫茶店に戻ってきた。

四月より、毎週水曜日、18時50分に公開します。公開と同時に、公開済みのエピソードを改稿します。

なお物語に影響はありません。

これまで通り、読んでいただけたら幸甚でございます。


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