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『蝶は灰国に沈む』 終戦奇譚——二人で一人の旅路  作者: 紅音・フィオ・カワハギ


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第二章 アウス・エーヴィスを目指して⑨

「えっと、ほら、レインはよく悪い仕事に手を出すのよ。だから守ってやりたいなって、思ったんだ」

(なるほど。ミディは話さないタイプか。自分も探しているけど理由は話せないってわけか。分かりやすい表情だ。どうやら、他にも何か知っていそうだな)

(ホント、墓穴を掘る女だよ。さあ、ノクーヴェのセルマが攻めてきたよおおお。ミディちゃん大ピンチ。今日のオッペケペー作戦でセルマを攻撃)

「本当にアナタ、変なところで笑うのね。そうだ、一つ忠告ね。王子さまに関する話はダメよ。少しでも間違っていて誰かが聞いていたら、訴えられるかもしれないわ。王家の名誉棄損は重罪なの。知ってるでしょ」

「オレ、何か重要なことを言ったか」

 ミディは一瞬だけ怒りを見せたが、沈んだ表情になった。

「早く行きましょう。子どもたちがお腹を空かせているかもしれないわ」

(本当に分かりやすい奴だ)

(じゃあ、問い詰めなよ。そして理不尽な内容で捕まってノクーヴェってバレるんだ。セルマの大暴れ大会の始まり始まりぃ。子どもたちをいっぱい泣かせる感動的なお話だ)

 セルマは反応しなかった。もらった地図を確認するが、唇を尖らせる。

「これは正直、不満だ」

「これはボランティア団体の公式の地図よ。どこに不備があるのよ」

「よく見ろ。これは名前の代わりだろ?」

 セルマは指先で地図を何度も強く突く。そこには番号が書かれている。

「気持ちは分かるけど、彼らは名前を教えてくれないし、全員を把握しないと管理も難しい。素直に一ヶ所に集まることもしない。施設からは逃げだす。それでも彼らに自由と尊厳、加えて安全も守るためだと思って番号なの。まずはアタシたちが受け入れる努力をしないといけない」

(だからって……)

 苔の生えたビルや、大きく穴の開いた何かの施設、寂れた飲食店などに立ち寄って、番号を呼び、子どもたちにパンを配っていく。

「君たちの名前を教えてくれないか? あるいは、あだ名、通り名でもいいぞ」

 大人相手とは違う、柔らかな口調に子どもたちは素直に話す。セルマは地図の番号に二重線を引いて名前を書く。

(そんなことをして何になるの?)

(彼らは囚人じゃない。物じゃない。それだけだ)

「ありがとな」

 微笑んで子どもたちの頭を撫でる。ミディも微笑ましく見ている。

(……もしかして、セルマの弟って孤児たちみたいな歳の子だったの?)

(ああ。八歳だった)

(重ねてるんだね)

 ――お姉ちゃん、オイラたちみたいな子を増やさないで。

 レヴニールの言葉が頭を掠めた。

 次の場所に向かう。壊れた教会だ。

 マクが外にいてゴミを分別していた。

「あ、ルマーダさん」

 最初の出会いから、次にマクとフュドに会ったのは四日前の手伝いだった。セルマがパンを配る方角は逆だったので、最後に自分で壊れた教会に向かい、簡単な挨拶をした。

 マクとフュドも、セルマが喫茶店にいると知って近くまでは来たのだが、気がついたのが忙しい時間帯だったので、外で軽く話した程度だった。

「最近はどうだ、変わったことはあったか。フュドは?」

「特に問題ない。フュドは、あ。来た」

「ルマーダお兄ちゃん、久しぶり」

「アタシには挨拶ないの?」

 マクとフュドは顔を合わせると、悪いことをしたあとのように体を縮めて下からミディを覗き見る。

「こ、こんにちは。ミディさん」

「どうしてそんな顔をするの。というかフュド、挨拶は?」

 フュドはさらに縮こまりながらも答える。

「あのね、怒らないで。昨日、見たの。レイン」

「え」(え)(え)

 さすがのセルマも顔に出た。マクが続ける。

「昨日、歓楽街の近くまできたら、そこでレインに会って『ミディさんが探してます』って言ったら『ポンポコ頭のミディ、指を鼻に突っ込んで猿踊り。ウキウキオッペケペー。ボクは君より心の美しいお嬢さんを落とすよ』と伝えてくれって、そのまま歓楽街に消えちゃった」

「あ、あいつぅうううう。死刑にしてやるぅうう」

(ど、どうして、ボクの喋ることが分かったんだ。まさか、これがドッペルゲンガー。ボクは偽者)

(私がツッコミ……辛辣な意見を言う前に喋らないでくれ。お前のことだ、ポンポコ頭のミディ、ぷっ、くくく。あはは。から始まる内容は、ふふふ。あちこちで言いまくってるんだろ。もはやお前の常套句。代名詞。あははは。レインはポンポコ頭のミディ。あははは)

(だあーッ。ボクはミディじゃない)

「ルマーダも笑うな。レインめええええ。今に見てろおおお。総攻撃だあああ」

 言葉はまるで雷鳴の如く、走る姿はライオンのように、煙を巻き上げて数秒足らずでミディの姿は見えなくなった。

 セルマは追いかけようとしたが、マクが袖を掴んだ。

「そ、その、お願いがあるんだ。近くの、エリンちゃんっていう女の子が旧ナーバリ社の地下二階にペンダントを落としちゃったんだ。それで取ってきてほしくて」

「え、うん、いいよ。……ミディがいたらまずいのか」

 マクは、もじもじする。頬は全然染まっていないが。

 フュドが代わりに答える。

「ミディさん、こういうの、空気、読めない。真っ直ぐ、タイプ」

(ぷくくく。それでミディを引き離したんだね。セルマ、楽勝でしょ)

「旧ナーバリ社だったな。よおし、ミディより先に帰ってくるぞ」

 セルマは人間のスピードで走りだす。

(あれ)

(どうした、レイン)

(マクくん、笑っていたような)

(さてはエリンちゃんとの会話でも想像してたな)

(いや、あれは……。いや、分からないや。ボクの気のせいかも)

 地図のおかげもあって五分ほどでたどり着いた。

 廃墟といっても、ある程度は建物の位置や道も理解できるがナーバリ社跡地は、瓦礫の平原と瓦礫の丘だった。建物はおろか、道や周辺の状況さえ分からないが、『崩壊、危険。立入禁止』の規制線が場所を教えている。

 なおナーバリ社は、正式名、ナーオス・B・アリシャ放送網株式会社で、Bはビロイケン会長のBである。

(確かに、あちこち子どもしか通れない空洞があるな)

 セルマは、見える範囲の空洞を周り、中に入れる場所を発見して、地下一階にきた。

(真っ暗だあ。怖いよぉ)

(誰の真似をしてるんだ)

(え、うーんと、エキストラ?)

 何を言っているんだコイツは、と思うセルマだったが、懐中電灯を取りだし辺りを照らすと納得した。辺りは瓦礫が散乱しているが、元は一般客向けの展示場だった。何かのキャラクターや昔の放送機材の模型などあるが、変色や破損で見るに堪えない。雨水が垂れ落ちたのか、所々カビも見られる。空気も淀んでおり、外よりも臭いは強い。

 ゴロゴロゴロゴロ。地上に多少でも動きがあると、何かの拍子で瓦礫が落ちてくる。

(この状況でさらに下に行くのか)

 歩き回るが階段は見つからず、瓦礫で何度も躓いた。社史の説明がある通路にきて、足を止める。目の前の『国内ジャーナリスト社会部・銀賞・ジョルヴェリーナ・ミッデンヴォール』の記事を一瞥して壁に凭れ、溜め息を吐いた。

(もう諦めたら。今日は出掛ける所があるでしょ)

(いや、まだ探す)

(本当は真実を知るのが怖いんでしょ)

 セルマは少し間をおいて話す。

(マクは、人を騙すような子じゃない。フュドもな)

 レインも間をおいて話す。

(そうかなぁ。あのマクくんの笑い方は人を騙すときに似ていたよ)

(そんな根拠のない――)

「きゃっ」

 踏みだした一歩で床が崩れ落ちた。セルマは額から地面に叩き付けられた。

(セルマの上ずる声、可愛い声。ボク、どきどきしちゃった)

(ちっ、こんなときでもふざけたことを言いやがって。黙レイン)

 額を拭って懐中電灯で辺りを照らす。

「ここも、展示場か」

 地下二階は、展示物よりも『これで映画を撮ろう』など体験コーナーだった。

(せ、セルマ。おでこから血が)

(ん、ああ。ノクーヴェになるのを忘れていたな。ふっ、これくらい心配ない)

 ガラガラガラガラ。またどこかで崩れた音がした。

(ねえ、ヤバいよ。帰ろうよ、セルマ)

(何がヤバい)

(このままだと埋もれちゃうよ。帰れなくなっちゃう。ボク、思いだしたんだ)

(何を?)

(このアリクスの地下には、地下通路があるって噂。歓楽街の人々とアリクスは癒着していて秘密の通路を作ったんだ。ミサイル攻撃で破壊されたんだけど、まだ崩れていない通路があって今ごろになってあちこち崩れているんだ。きっとこの近くにその通路があって、急に今、崩れだして、セルマは終わり)

(ふうん。通れない通路なんか興味もないが、崩れても平気だ。私はノクーヴェだぞ。いざとなったら瓦礫くらい突き破ってやるさ)

(あ、そうか)

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