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『蝶は灰国に沈む』 終戦奇譚——二人で一人の旅路  作者: 紅音・フィオ・カワハギ


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第二章 アウス・エーヴィスを目指して⑧

「大丈夫? まだ、仕事、慣れてないよね」

「そういうわけじゃないが」

 セルマは言葉を詰まらせた。窓越しから聞いていたアストが目を据わらせる。

(おバカミディが参上ッ。アタシはミディ。鼻に人差し指を突っ込んで、猿のようにダンス。ウキウキオッペケペー)

「ねえ、ルマーダってさ、アタシを安心させようと笑顔にしてるんでしょ。気持ちは嬉しいけど、なんか吹き出しているように見えるのよね」

 セルマはレインに敗北を感じながらも場が取り持って安堵し、脚立を再設置すると窓拭きを再開した。

 ミディは店内に入ると、仕込み中のラーガが手を拭いてやってきた。

「あらミディ。来てくれたの。じゃあ早速お仕事を頼むわね。テーブル拭きから」

「うん。アタシも窓拭きするよ。あら、また雇ったの?」

 ミディと目が合ったアストは無言で会釈した。

「ええ。ルマーダの紹介で。ルマーダ、仕事を頼んでいいかい?」

 セルマは帽子の鍔を後ろに回して、開いている窓に顔を入れる。

「何をするんだ?」

「孤児たちにパンを配ってきてほしいの。今日の当番のナマケモだから。四日前に付き添いで行ったから分かると思うけど、地図と懐中電灯を入れておいたから」

 四日前、つまり六月八日。セルマはまた客とケンカになりかけたが、トラディーが仲裁に入った。大ごとにはならなかったが、ラーガから、トラディーの手伝い、パン配りさせられた。

「分かった。任せとけ」

 セルマは脚立から飛び降り、店内に入るとラーガからパンの入った袋を受け取った。ミディの横を通り過ぎ、外に出る。

 すると、

「うん。僕ちゃんが全部窓拭きとテーブル拭きをやってくれるのね。『代わりにルマーダの手伝いをしろ』うんうん。分かった。アタシに任せて」

 明るく大きな声が聞こえ、嬉しそうなミディが外に出てきた。

「テーブル拭きは?」

「ルマーダのお手伝いしなさいって。おってつだい♪ おってつだい♪ ルマーダのおってつだい~♪」

(ミディはレインと同じだなぁ)

(こおおおおおんんなあああ、お転婆マヌケと一緒にしないで)

 二人は廃墟に向かって歩いていった。

 セルマとミディの姿が見えなくなったタイミングで、二人の女性が喫茶店に入ってきた。

「まだ開店前よ。もう少し待って――あら」

 それはアミーチェとジョルヴェリーナだった。二人はカジュアルな服装で髪も縛っており、すれ違っても目を凝らさないと分からないくらい周りの日常に溶け込んだ雰囲気をしていた。

 アミーチェという人物は、主にミーファディルお付きの侍女たちを束ねている長であり、ミーファディルの身だしなみ、スケジュールはもちろん、食事まで管理をしている。厳しく振舞ってはいるものの心を鬼にできない優しさを持っていて、眉毛はややつり上げて描いているが、たれ目はそのまま、と性格が顔に表れている。ジョルヴェリーナより少し背が小さく、やや小柄だが雰囲気は大人。年齢は三十一歳。大陸南部のベルマルド州出身である。

 アミーチェが奥に座るよう、手で促す。

 ラーガはアストに窓拭きをやめて部屋にいるよう言うと、奥のテーブル席のカーテンを閉めた。二人はそこに座る。

「いいお店ですね。近くにこんな場所があったなんて」

 ラーガは黙ってアミーチェにコーヒーを置く。

「あたしの最初の職場。心の慰めの場所。あなたは何にする」

 アミーチェとジョルヴェリ―ナは互いの年齢を知っている。ジョルヴェリーナは国営放送の局長という形でしゃしゃり出ることはあっても他人への敬意は忘れない。ましてやアミーチェが年下であってもジョルヴェリーナにとっては雲の上の存在なのだ。

「紅茶と、サンドイッチで」

 アミーチェは、食べ物は開店後よ、と言うと、ジョルヴェリーナは朝食を奢って頂きありがとうございますと答え、ラーガは時間外で請求するねと笑顔でカウンターに向かった。

「こんな平和がくるといいんだけど」

「それで、どのようなお話でしょうか。アミーチェ侍女長」

 アミーチェから笑顔が消える。

「単刀直入に言うわ。ミーファさまのことを記事にしないでほしいの」

「可愛らしい普段の様子や、演説のご立派な姿を、ですか」

 ジョルヴェリーナが本当に驚いた顔をしたので、アミーチェの目つきが鋭くなった。

 ラーガが紅茶を運んできて、会話が止まる。

 アミーチェはコーヒーをゆっくり飲んで、ラーガが去っていくと話を再開する。

「動物のこと」

 ジョルヴェリーナは笑顔で答える。

「私の部下は国営放送局ですので、そのような発言はたとえ上司の意向とあっても黙殺されるでしょう」

「いいえ。あなたには多くの部下がいる。出没自在のジョルヴェリーナや千里眼ジョルヴェリーナなどと称され、ジャーナリズム精神は界隈では一目を置く。旧ナーバリ社や志のあるジャーナリストは必ずあなたに協力する」

 ジョルヴェリ―ナは紅茶を口にすると、ひと呼吸おいて呟くように言う。

「真実を知らなければ本当の議論は生れない」

 瞬間だけ、アミーチェの瞬きが早かった。

「……あなたの精神には感服する。でもね、この国に蔓延っている悪というのはノクーヴェだけじゃないの。多くは汚職議員で国民から吸い上げた税金で私腹を肥やす連中なの。それ以外の犯罪は悪が明確になっているけど『隠れて汚職』というのは簡単には見つからないし、そのせいで死んでいった人は多いのよ」

 ラーガがサンドイッチを持ってきた。空腹のようでパクパクと食べていく。サンドイッチの感想を口にして、アミーチェと短い雑談をすると、ジョルヴェリーナは紅茶を飲んで話を再開する。

「私も思います。ですから真実を追求できる仕事を選んだのです」

「それは分かるけど、汚職議員をなくすのには、報道では限界がある。強権が必要なの。時には、それは、本当は正しくない行為に走る場合もあるけど、それで問題が解決すれば、その正しくない行為はもう使わない、使う必要がない。だから――」

「特定の人間だけは許せ、と」

「お願いよ」

 アミーチェの目の奥は潤みつつも透き通っている。それは聖職者の祈りのようで純愛に近いものがあった。ジョルヴェリーナもまた、自身の信じるものが情なんかに流されたりしない、とまっすぐに透き通った目をして、動じなかった。

「確かに、汚職は多く、あなたのお父さまのように、将来を担う優秀な秘書、のちの政治家になるような方が、罪を被り真実を闇に葬った、そのような例は議員の数だけあると言っても過言ではありません。犯罪者の汚名を着せられた家族も耐えられない苦痛でしょう。それだけにあなたのような方がミーファさまのためにと焦っておられる姿は、感嘆を禁じ得ません」

「ジョルヴェリーナ……」

「ですが、私にも同じような苦痛があるのです。オルトロスさまは優秀な報道官と言っていますが、私を手元に置いて監視したいだけ。あなたが、あなたの正義を捨てられないのと同じように、私にも捨てられない正義があるのです」

「そう。平和が遠のくわ」

「朝食、ごちそうさまでした。これに免じて、明日の夜、私は、所用でアリクスを探索します」

「交渉が決裂しても、闇討ちなんてしないわ。あたしはあなたを、久しぶりにできた友人だと思っている」

「ありがとうございます。私もです」

 ジョルヴェリーナは会釈して去っていった。

 ラーガがやってきた。

「あたいもあの子は知っている。あんた以上に多くの地獄を見たのかもしれない。彼氏でもいれば本当の笑顔を見せてくれるようになるのかもね」

「お兄さんをノクーヴェに殺されたというのに……。牙を向ける相手が違う気がするわ」

「兄妹他人の始まり。アリクスの件と比べて、同じことが言えると思う?」

 アミーチェは咳払いした。コーヒーを飲み干す。

「そういえばラーガさん、カッコいい男の子を雇ったんですね」

 アストがやってきて掃除を再開する。

「あの子の保護者にでもなるかい?」

 とアストを見た。アミーチェは振り向かず、もう一人、と呟くと会計を済ませ去っていった。


 セルマとミディは首都東部の廃墟、アリクスにやってきた。相変わらず、苔やカビの臭いが漂うが、空の明るさを受けて建物の隙間から射す光が神秘的にも感じる。

「それでルマーダさ、レインの居場所を知っている? なんか、見つからなくて」

「すまん、分からない」

(ありがとうセルマたん)

(お前は何かの取引に使えそうだ。ここから出す方法を見つけたら都合のいいタイミングで使ってやる)

「だよねぇ。はぁぁあ」

 ミディは肩を落とす、というより生気を吸い取られたゾンビ寸前のような力の抜け方、表情だった。

「そういえばゴロツキもレインを探しているみたいだけど、何か秘密があるのか。子どもたちはお金になるって言ってたな。王子さまの実験の秘密を知ってるとか」

 セルマは、あのミーファディルの演説があってから何かにつけては、王家を引き合いに出している。今回も深い意図はないがカマをかけたくなったのだ。

 それでも、ミディの顔は一気に曇った。

「誰がそんなことを言っていたの」

「ん、ああ、マクとフュド、いや違う。歓楽街からの客だったな。茶髪の男性。ミディも同じ目的で探しているのか」

 ミディが瞳孔を小さくして怖い顔をして前を向いている。セルマは気になって肩を叩いた。するとスイッチのようにミディの表情が笑顔になって振り向いた。

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