第二章 アウス・エーヴィスを目指して④
(油断させる作戦か)
(ケーキを顔にぶつけて視界を奪う作戦かもね。それもギャグに見せかけてぶつけて、あははは、と笑った直後にグサリ)
(よし。ケーキを投げつけた瞬間、テーブルを蹴って、あのお兄さんに協力してもらおう)
カウンターに行くとラーガがより一層の厳しい目をしていた。
「ちょっとあんたふざけすぎよ。討伐隊がいるからって、あんたはノクーヴェかい」
セルマは見破られたか、と焦ってオーダー用紙を投げつけようとしたが先に奪われた。
(ぶははは)
レインは耐えきれず噴きだした。
「い、いや、その」
セルマが困っているとラーガは作業を中断して四人に向かっていった。
「あんたたち、あの子はね、まだ新人なの。昨日、討伐隊があの子に酷い暴力をしたようだけど、もしあの子にケガさせたら、閉じ込めてコテンパンにやっつけるからね。かすり傷でも許さないよ」
「し、しませんよぉ。ラーガさん、昨日の件は勘弁してくださいっすよ。俺たちも階級という軍規には逆らえないっす。それよりも、ちゃんと働いていて安心したくらいっすよ」
カームが手を合わせて弁解し、ラーガの怒りの表情も緩んだ。もう一人の討伐隊は事情を知らず、カームに聞いていた。
「ルマーダ、おいで」
安堵の笑みを浮かべるラーガが手招きする。
(おい、レイン。まさか私を――)
(そんなどす黒い声を出さないでよ。君が一人で被害妄想を上位ランクまで引き上げるから、その気になっちゃったじゃない。みんなに敵意はなかったね。よかったね。ちぇっ)
(キサマァ)
と、激怒しつつも、一応の警戒をして四人がいるテーブル席に向かい、ラーガの隣に立つ。
「えっと、昨日は悪かったな。よろしくな、ルマーダ君」
たれ目がより一層たれた笑顔のカームが差し出し、セルマは握った。ひんやりとしていて心地よい。大きさも似ていてなんとなく、対等な感覚が生じた。ラーガがカウンターに戻っていく。
(セルマにとって初めての異性かな)
一瞬で恥ずかしさへと変わり、指数関数的に増大した。握手を終えるとセルマは腕を組んだ。
「ところで、お前らはどこから掃討するんだよ」
(みんな。こいつがノクーヴェだよ。情報を聞きだすつもりだ。喋っちゃだめ)
「態度のでかいガキだな」
狐目で、頬が下膨れの王国軍が呟くと、カウンターから大声がする。
「そうそう、ルマーダは性格が悪いから教育はどんどんしてやって」
(はあーあ。ボク、昨日と同じ展開なんてやだよ)
(誰が悪い)
「そういえばコイツ、昨日の昼間の事件でノクーヴェと戦った奴だ」
もう一人の坊主頭の王国軍が指察して驚いた。セルマの記憶にはない。
「ふうん、遠くで見ていたマヌケ大人どもか。危うく討伐隊を死なせるところだったな」
(もちろんセルマが悪い)
「何いいっ」
坊主頭の王国軍がテーブルを叩いて立ち上がった。が、急に驚いた顔をして座った。カームたちは視線を逸らしてメニューを広げると、あれこれメニューを指さして、これも食べてみたいなぁと喋りだした。
セルマの背後には茶髪の男性がいた。
「君、とても強いの?」
ただの質問だったが、セルマは勝手に憧れの眼差しと解釈し、カッコつけたくなった。腕を組んだままテーブルに寄りかかり、少しだけ白い歯を見せた。
「こいつら四人相手でも勝つ自信はあるぜ」
「なんだとッ」
討伐隊の一人が立ち上がったが、他の三人が宥め、仕方なく座る。
(ダメだこりゃ)
茶髪の男性は、視線をセルマに戻す。
「どうかな。討伐隊に入るってのは。軍は本来、満十八歳からだが、討伐隊なら十五歳から入隊できる」
「嫌だね。オレはアウス・エーヴィスに会うためにこのアイタスに来たんだ」
すると、背後で笑い声が聞こえてきた。
「聞いたかよ、アウス・エーヴィスだってよ」
「おいっ。聞こえるよ」
「案外と可愛い少年なんだぜ。きっと」
茶髪の男性は四人を一瞥して話を続ける。
「君は物語が好きなのかな? どうかね、ワタシが君の願いを叶えるって言ったら?」
「ふっ。お前では無理だ。でも好意は受け取ってやろう」
「はははは。本当に面白い」
茶髪の男性は笑いながら自分の席に戻った。
待っていたかのように先ほどの坊主頭の王国軍が立ち上がってセルマの前にきた。見た目の年齢は三十代中ごろの中肉中背だ。
「ガキ、さっきのは聞き捨てならねえ。俺たち四人相手に勝てるだと? なら勝負してやろうじゃねえか。その威勢のよさ、叩き直してやる」
セルマは中指を立てて挑発する。
「来いよ。大人を見てるとぶっとばしたくなるんだ」
(そうだ。やれ、やれっ。どんどんやれ。ぶっ飛ばしてぶっ飛ばしてぶっ飛ばせ。好きなだけ殴りまくり大会の始まりだあああ。ほらっ、やれって)
今回のレインは嬉しそうに明るく言うのではなく、やけっぱち丸出しの怒鳴り、そのものだった。
坊主頭の王国軍とセルマが構えた。
「ランス、やめろって。おとなげない」
狐目の王国軍が、坊主頭の王国軍、ランスの腕を掴んだ。
カームも立ち上がってセルマの尻を叩いた。
「ほら。俺たちの相手はノクーヴェなんだぜ。お前はちゃんと店員の仕事をこなせよ」
「お前っ、そこは――」
(変なことを言うと女ってバレるよ)
パシンッ。
ふたたび叩かれ、鷲掴みされる。それも力強く。
「ひぎっ」
セルマは高い声を出して涙目になった。
「むやみにケンカはするな。もっと強く抓るぞ。あるいはお尻ペンペン百回だぞ」
カームにとっては当たり障りのない教育もつもりなのだ。
(こ、このおおお、セクハラ男おおおおお)
(男が男に叩かれても、いやらしくは見えないと思うけどなあ。ああっ、セルマは女の子だったねええ)
渾身の、魂のこもった盛大な嫌味に、セルマは敗退の道を辿るしかなかった。
「くっ。分かったよ。店員の仕事を真面目にやるよっ」
カウンターに戻ると、ラーガに布巾を投げつけられた。
「それでテーブルを全部拭いたら、最後に自分の顔を拭きな」
(くぷぷぷ。あーあ。セルマのお尻ペンペン百回は見たかったなぁ。下はいい体してるもんね。想像するだけで興奮してくるぅ)
レインの口調は先ほどと変わらず、やけっぱちである。セルマもさすがに反省したのか黙ってテーブルを拭く。
ラーガが、四人のテーブルに注文したものを運んだ。互いに謝罪の言葉を交わしていて、それがセルマにとっては追撃となった。
(なんでアイツは私にだけ態度がデカいんだよ)
セルマがチラチラとカームを見ていた。
(歳が近いからね。先輩後輩みたいな感覚だったんじゃない? 顔はそんな感じだったよ。全然怒っている感じはしなかったし。案外、セルマといるときのほうが安心できるんじゃない?)
(嘗められているだけじゃねーか)
「ルマーダ、手を止めてんじゃないわよ」
仕方なく背を向け、全力でテーブルを拭いた。
それなりに汚れると濯いで自分の顔に乗せた。
――冷たい。そういえばカームの手も冷たかったな。それにあのお兄さんも気になる。
セルマはテーブル拭きを再開した。
(挑発に乗せられるとは私も情けないものだ)
(そもそも君の設定が悪い。大人嫌い、性別隠し、本当はノクーヴェ。ボクには感情を持つすべての生物を消し去る、という素晴らしい計画があるんだ。君の暴走でボクまでやられたら困っちゃうからね。冷静でいるんだよ。セルマ。分かった?)
レインの口調は、いつもの恐ろしい内容を明るく優しく、という状態に戻っていた。それに慣れてしまったセルマは肩の力が抜け、店員らしく掃除に励むのだった。
ニ十分経過して他の客がくると、茶髪の男性が去っていく。続くようにカームたち四人も店をあとにした。
「僕、こんなにひやひやしたの初めて」
アストが食器を下げてくる。
(そういえばずっといなかったぞ)
(セルマが怖くて出るに出れなかったんじゃない?)
そうかもしれない、と、深くは考えなかった。




