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『蝶は灰国に沈む』 終戦奇譚——二人で一人の旅路  作者: 紅音・フィオ・カワハギ


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第一章 それぞれの一日⑧

 城への入口、堀の外にあるコンクリートの壁が見えた。微かだが兵士が立っているのが分かる。

「この辺りで図書館が見えているはずなんだが」

(あるでしょ。雑居ビルの隣の、似たような建物)

 よく見ると、立ち並ぶ雑居ビルの、そのうちの一つに小さく『王立図書館』と看板があった。

(イメージと違うな)

(こっちは裏口だからね。紙の本が減ってきて本屋が減って、王立図書館に集まったんだけど、置き場が無くなってきて、雑居ビルを買い取って本来の建物と合体したの)

 納得し、交差点を曲がった。直後、あることに気がついて足がすくんだ。

 入口には白のロングコートを着た体躯のいい男が立っていた。長くも短くもない赤毛で、顔は引き締まっており、右頬に人差し指ほどの長さの切り傷があった。見た目から判断すると三十代前後。背筋を伸ばしって立っている姿からは冷静沈着で仕事を頼んだら確実にこなしてくれそうな雰囲気が漂っている。

(ラーガさんは騙してないと思うよ)

 レインが先手を打った。

 セルマは交差点で立ち止っていると、通行人が会話する。

「珍しいわね。討伐隊なんて」

「首都庁の収税課の課長が来てるんだってさ。で、あの人は討伐隊のカヴィリオ・フェルゼ総参謀長で二十九歳。しかも独身なのよ」

「そんな位の高い人を護衛にするなんて。税金の無駄遣いだわ」

「目を向けるのはそこじゃないわ。あの若さにしてあの地位、少し強情な赤毛のカヴィリオさまと一緒になれば玉の輿は文句なしよ」

「でも討伐隊は前線で戦うんでしょ」

「ノクーヴェなんていないわよ。ライエール帝国は壊滅したのよ」

(でも実はここにノクーヴェがいて、これから襲撃するんだ)

(黙れ、レイン。私は変な行動などしない)

 ポケットに手を入れ、堂々と歩いて入口にきた。

(ミディに髭が生えて鼻に指二本突っ込んで踊りだすんだ。オッペケペー)

 セルマは想像して吹きだした。それまで視線も向けなかったノクーヴェ討伐隊総参謀長のカヴィリオが睨みつけてきた。

「おい、なんだお前、人のそばで急に笑いやがって」

(くっそぉ、レインめ、コイツぅ)

「村から来たんだよっ。オレは読書家なんだっ。ここにはオレの知らねえ本がいっぱいあるって聞いたんだよ。読ませろよ」

「まったく口の聞き方がなってねぇガキだな。態度の悪いガキってのは口じゃ分からねえ。痛い目を見ないとな」

「てめぇはこのオレに指一本触れられねぇよ。引っ込んでろ」

「なんだと!? コノヤロー、表に出ろ」

 二人は道に出て構える。

(さあ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。討伐隊とノクーヴェの殺し合いだよ)

(お前のせいだからな)

(挑発的なセルマのせい。『思いだし笑いです。すいません』ってなんで言えないの? また、ボコボコにされたいわけ?)

(黙れ。大人はみんな嫌いだ。こっちがボコボコにしてやる)

(それは過去の大人が君を騙したから?)

 カヴィリオは剣を置いて、拳を振り上げ殴りかかってくる。セルマの顔面に迫ってきたその時、

「お姉ちゃん、お姉ちゃんっ? うわああああああああああああああああ」

「アスト、逃げ、て……」

 振り返ると大通りに、先ほどの、姉弟と思われる二人がおり、少女の腕が赤紫色の幼虫のように変化している最中だった。

 それを見たセルマは焦りながらも後ろ向きで、勢いよく迫っていたカヴィリオの腕を掴む。

 少女の体は、全体が赤紫色で支配され、頭に触角を生やした。

「きゃああああ、ノクーヴェが現れたあああああ」

 周囲が悲鳴で溢れる。

(こんなところでセルマの仲間と感動のご対面)

(ち、違う。よく見ろ。色が違う)

「そんな、お姉ちゃんが、ノクーヴェ?」

 ノクーヴェそっくりの化け物は、アストを突き飛ばし、図書館に向かって走ってきた。

「ちっ、ケンカはお預けだ。図書館にでも隠れてな」

 カヴィリオが背中の鞘から剣を抜いた。しのぎ筋の部分がさざ波模様を描く剣、『フルクスソード』だ。長さはセルマの身長と同じくらいある。

 カヴィリオは走っていき、化け物に目がけて一気に振った。が、躱される。

 化け物が俊足で討伐隊の背後に回ると、化け物の腕が、レイピアのような細い剣となって、その腕を振る。

「がっはっ。くっ」

 カヴィリオが振り向いた直後、腹部を切られ、膝を付いた。

 化け物はふたたび背後に回り込み、細い剣と化した腕を振ろうとする。

「お姉ちゃんやめてっ」

 アストが走ってきた。化け物は動きを止め、向かってくるアストに腕を振り上げて襲いかかった。

(まずい)

 セルマは、手で目元を隠して赤く光らせ、足だけをノクーヴェに変え、高速ダッシュでアストの所に向かう。化け物の腕が振り下ろされる瞬間、アストに飛びついて攻撃を躱した。抱きながら転がって、瞬時にアストを左腕で抱え、右手を地面に押し付けて逆立ち、さらに腕の力でジャンプして両足を空に突き上げた。

 その両足が、すでに背後に回っていた化け物の顎に直撃した。化け物が吹き飛び、セルマは蹴った勢いでその場に立った。

「どっかに隠れてろ」

「う、うんっ」

 アストが視界から消えると、化け物に歩いていく。

「なぜこんなことをする。お前に勝ち目はない。死ぬだけだ。命を粗末にするな」

「きいやややや」

 化け物が奇怪な声を発して立ち上がるので、セルマは高速で駆けていき、化け物の胸に膝蹴りをしつつ足を広げて馬乗りになった。

 セルマは化け物の顔を見つめ、自分の目を赤くする。が、化け物に変わった反応はなく、

「がっ」

 顔面に頭突きを食らって怯んだ。さらに横から細い剣の腕が顔面に迫ってきた。これは仰け反って躱せたが、化け物がセルマから離れ、距離を取った。

(やはりな。奴はノクーヴェではない。そっくりな化け物だ)

 化け物が構え、セルマも構えたが、間にカヴィリオが入った。

「素人のガキが。引っ込んでろっ」

 カヴィリオが、赤く染まる腹部の怪我をものともせず突っ込んでいく。フルクスソードと化け物の腕が、何度もキンッ、キンッと交わる。

(はあ。これだもん、討伐隊がいなかったら人間はノクーヴェに負けてたよ。ねえ、どうやってあのそっくりさん、違うって見分け――あっ)

「ぐあああああッ」

 化け物が、カヴィリオの腹部を貫いた。一気に血が噴きでる。

 辺りに悲鳴が広がる。人々が一斉に逃げだす。

 化け物がもう片方の腕も剣に変えて、カヴィリオの顔面を刺そうとした。

 セルマは駆けていき、化け物の顔面に飛び蹴りをした。化け物が吹き飛ぶ拍子で、カヴィリオの体から細い剣の腕が引き抜かれる。セルマはすぐさま地面に落ちたフルクスソードを手に取り、転がる化け物に迫ったが、姿が消えた。

(どこだ)

(セルマ、上っ)

 化け物が膝蹴りの姿勢で迫っていた。セルマはフルクスソードを突き上げた。

 ズブクチャッ。

 フルクスソードは耳障りな音とともに化け物の膝を貫き、心臓まで貫いた。

 化け物は驚いた顔のまま息絶えて地面に倒れた。

 セルマはカヴィリオに駆け寄る。

「お、俺の、敗けだ」

「くそがっ、黙ってろ」

 セルマは、カヴィリオの白のロングコートを脱がせて貫かれた腹部に当てる。白い生地がすぐに赤く染まっていく。セルマは顔を上げて叫ぶ。

「おい、何もできねぇ大人どもッ。早く助けねぇとこの討伐隊の男が死んじまうぞッ」

 集まる人々とともに王国軍が到着してカヴィリオは運ばれた。化け物も運ばれた。

(すごい。めちゃくちゃ、強い……じゃ、じゃなかった。部分的にノクーヴェになるなんてずるい。本性をさらけ出して葛藤しながら倒すか、あるいは抵抗せずに遠くから見るだけで『悪いことをするのは仲間のノクーヴェかもしれない。私もノクーヴェ。どうしよう』って悩んでほしかった)

(あいにく、お前の知ってそうな展開にはならん。今後もな。それより……)

 周囲の「何あの人、強くてカッコいい」という視線から逃げるようにアストを探す。

「ああ、君。ちょっと事情聴取ね」

 中年で上が半袖の白シャツの王国軍がやってきた。ほんの数秒だったがセルマは物憂げな気持ちに囚われた。

「ただの通りすがりだ。本を探しに来たら現場に出くわした。振り向いたら化け物が男の子を襲っていたから助けただけだ。あれはノクーヴェそっくりの化け物だった。本物を見たことがあるが、あれは違う」

(なんで急に冷静にちゃんとした言い訳を……どうしたの)

(……別に。こういう状況はまずいからな)

「それよりだ、男の子を知らないか? あの化け物と一緒だったんだ」

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