第1章「私は翻訳家じゃない」【9】
途中で合流した四人は、昼食がてらに立ち寄った酒場で互いの状況を報告し合う。
「うわっ、そっちも同じ事を考えてたんだ!」
“焼け石に祈り”はその町のお宝を狙う、だからこの町のお宝を監視すれば、奴らに近付けるのだと。
これをドリムザンとソムも思い付いたらしい。
「お前だけだな、その考えに達しなかったのは」
クルーフのニヤけた顔が自分を馬鹿にしていると確信し、ウリケはやや不機嫌になる。
「別にいいじゃん、三人がそう考えたんなら、間違いないんだよ、きっと」
そう言ってウリケはパンを口一杯に頬張っていた。
「話を続けるぞ。とにかくこの町のお宝とは何だ、という話だ。ウベキアはまあまあにデカい町だからな、価値のある物が幾つかありそうだ」
折り畳まれた紙を広げ、ドリムザンはテーブルの上に置いた。
・役所一階、国王からの書簡
・ロールカ美術館所蔵の絵画
・大学一階、金賞受賞の彫像
・歴史的価値のあるエプの塔
「ざっと、こんな所だ。とは言っても、結局駐屯所の指揮官にご教示いただいただけなんだがな」
自嘲気味のドリムザンにつられて、ソムも口をやや曲げる。
「だったら…ウリケ」
「おうっ」
口一杯のパンを飲み込んだと同時に機嫌が直っていたウリケは、指を一本立てた。
「僕らもウベキアのお宝、見つけたよ」
「まあ、一個だけだが」
「いいじゃん! 僕らのはね、南の公園に生えてる大木、コココチの木! 樹齢九十年なんだって!」
「うむ、町の象徴ともいえますね」
ソムは鞄からペンとインク瓶を取り出し、テーブルに置かれていた紙に“コココチの木”と書き足した。
「このうちのどれかって事か?」
「あくまで恐らく、という域は出ないが、まずはこの五つから始めるのが妥当だろう」
「まさか、全部狙うなんて事あるかな?」
「いや、それだと人数的に同時には手を付けられんだろう。日にちをずらせば警戒が強くなる。一つだけを全員で奪う、というのが真っ当だ」
「人数的にとは言ったけど、七人ってのは本当なんだよな?」
「これも他の町での目撃証言からの話だからな。現在はどうなっているかは全く分からん。少なくとも七人はいるだろう、ぐらいに考えておくのがいいんじゃないか」
もしもそれ以上に人数がいたら厄介なのだが、はっきりしていない今はその事よりも奴らの狙いを絞る方が重要だとドリムザンは言った。
“焼け石に祈り”がこの町にいるというのは、軍の諜報部からの情報なので信用していいだろうとも。
昼食を終えた四人は一人ずつで町のお宝があるとされる場所へ向かう事となった。
「言っておくが、あくまで調査だ。決して一人で無茶するんじゃないぞ。いいな、ウリケ?」
「えー、僕だけー?」
はは、とソムは笑う。
クルーフはそそくさと歩き出す。
アミネは一人でノルマルキ・ウベキア大学へ登校していた。
教授のテキュンドから『大いなる呪術』の解読法を伝授してもらう為である。
勉強という事なので、ゼオンはもちろんエルスさえも同行を断った。
構内への出入りはヤレンシャが許可証を発行してくれたので問題ない。
「おはよう、ちゃんと来たね。偉い偉い」
書斎で待っていたテキュンドは、新しい学生を出迎えて表情を綻ばせていた。
「よろしくお願いし…」
「早速だが、図書館へ行ってもらえるかな」
「図書か…」
「ヤレンシャが戻ってこんのだよ」
『大いなる呪術』を翻訳する為に必要な文献を図書館へ取りに行ってもらったのだが、彼女が一向に戻ってこないのだそうだ。
「はあ…」
本館にある図書館までの道のりを教えてもらい、アミネはとぼとぼと書斎を後にした。
上手くいけば途中でヤレンシャと出くわすだろうと、テキュンドのどうでもいい気休めが癪に触る。
本館の入り口まで着いたのだが、結局ヤレンシャには会えなかった。
仕方なく中へ足を踏み入れたアミネだが、広間でふと足を止めた。
そこには大きな彫像が展示されていて、彼女は目を奪われたのだ。
「これ…ニチリヤート…」
ニチリヤート、それはかつてこの世界に存在したグランサイド王国で崇められていた神である。