第9章「偶然ではない」【9】
意識を失って倒れているアミネの姿は、ゼオンにとっても衝撃的であった。
「君は、ちゃんと努力した。毎日ここへ通って積み重ねた。それが実を結んだという事だよ。頭を打ったくらいで手に入れられるものじゃない」
褒め言葉も積み重ねられている。
「仮に何らかの力が働いたというのなら、君が守ろうとしたニチリヤート様かもしれないね」
何という事だろう。
帰りに本館へ寄って、修復の終わったニチリヤート像に祈りを捧げよう。
「そ、それでもこの分厚い本を13冊なんて、かなりの難題ですよね。私に出来るかな。選ぶ本を間違えたかも」
いけない、褒め言葉を欲しがり過ぎかも。
「選んだのは君だけじゃない。きっと『大いなる呪術』も君を選んだんだ。古い本だから尚更ね。だから君なら成し遂げられるよ」
貰えたー!
今日だけはテキュンドが神様に見える。
言葉を返してくれる点だけ見れば、今に限ってはニチリヤート様より凄いかも。
「どうだ、奴は?」
「真面目に働いてるよ。っていうか、ネミリオあんたトイレ長くない? 私も行きたくてずっと我慢してたんだけど」
「便意はしょうがねえだろ」
「もういい、私も行ってくる!」
「すぐ戻れよ」
「いや、もうアミネとゼオンはとっくに帰ったけどね」
ようやく大学まで来たエルスだったが、遅過ぎた事をテキュンドから知らされた。
「…どこに行くとか、言ってませんでしたか?」
「あー、何だか今から祝杯だってさ。良いよねえ」
「エルスと行き違いになってるよね、きっと」
「仕方ねえよ。寝坊するのが悪いんだ。アミネだって待ってられなかったんだろ?」
「まあ、そりゃあそうだけど」
合格の祝いに、朝から酒場で乾杯である。
テキュンドの書斎で、祝杯を上げようと提案したのはゼオンだっが、アミネもまた二つ返事で快諾したのであった。
「うわ………また負けた」
“無情の犬”のウリケとクルーフとソムは、札遊びに興じていた。
今日が決行日だというのに、いや決行日だからこその勝負なのだ。
「今日は弱過ぎだな、ウリケ」
「これで決まりですね」
ウリケはがっかりした表情で、持っていた札をテーブルに投げ捨てた。
「ちぇっ、家族の方かあ。つまんないの」
「そっちをさっさと済ませて、急ぎで合流するしかありませんね」
「急いで来たところで、終わってるかも知れねえぞ」
「冗談じゃないよ」
とにかく祝杯をというアミネの願いが叶えられた訳だが。
「あまり飲み過ぎは駄目よね。続きはエルスと合流してからにしましょうよ」
「そりゃあいいが、あいつ俺たちがこの店にいるって分かるかな」
「分かるでしょう、だって大学から一番近い酒場なんだから」
とにかく一杯飲みたかったので、大学を出てすぐ目に付いた店に入ったのだ。
そうとは知らないエルスは、宿から一番近い酒場へ足を運び、当然ながら空振りであった。
店の人間も、そんな二人連れは見ていないと答える。
大学からこの店へ来る際、エルスはアミネがいつも使う“通学路”ではなく、近道を通ってしまった。
だから、二人がいるはずの酒場の前を通らなかったのだ。
そこで一旦気持ちが切れたエルスは、起きてから何も食べていない事に気付く。
空腹で二人を探し回るのも馬鹿らしく思い、この店で朝食をとる事にした。
「ねえ、だったら今から行って良い?」
「馬鹿か、こんな朝から行く奴がどこにいる」
「人通りが多過ぎますから、騒ぎになって面倒ですよ」
「いいから落ち着け、ウリケ」
「ちぇー」
いつまで待ってもエルスが来る気配が無いので、アミネとゼオンは酒場を出た。
「ひょっとして、まだ寝てるとか」
「アイツなら、あり得るな」
次に彼らはザムニワ剣術道場へ向かう事にした。
旅を再開するので、そこでの仕事も終わりとなると説明しなくてはならない。
「それはエルスと一緒の方がいいんじゃないの?」
「挨拶はあらためて二人で行くさ。終わりだってのは早めに伝えないとな」
これからどうするか、宿へ戻って二人を待つか、それとも心当たりを探してみるか。
酒場の料理に舌鼓を打ちながら、エルスはちょっとだけ考えた。




