第9章「偶然ではない」【8】
門が開けられたばかりの構内には当然ながら学生の姿はなく、アミネとゼオンの後ろから続いて入ってくる者もいなかった。
講義の始まるまでに教室に入っていれば良いのだから、そこまで急いでくる学生などはほとんどいないのだろう。
本館の離れである別館の中へ入り、真っ直ぐテキュンドの研究室へ向かう。
残念ながらテキュンドもまだ来ていないようで、扉には鍵が掛かっていた。
アミネは扉の前で立ち、ゼオンは廊下の床板に腰を下ろし、壁にもたれかかった。
「あ、あの、先に言っておくけど、もしもダメだったとしても、これ以上この町に残る気はないから。すぐに出発しましょう」
「不合格で、そんな中途半端で終わらせて良いのか?」
アミネは頷いた。
たとえ不合格だったとしても、自分なりにある程度は読めると自信もついてきた。
何より、今回の試験の実施を決めたのはテキュンドであり、それは彼もアミネの実力を認めたに他ならない。
「合格するまで挑んだって構わねえんだぞ。俺たちならいくらでも付き合うから」
「大丈夫よ、もう大体読めるって事なんだから」
「後悔しないんだな」
「する訳ないでしょ、元々勉強なんて乗り気じゃなかったんだし」
そうか、と一言漏らした後、ゼオンは何も言わなかった。
自分の研究室の前に待ち人がいるのに気付いたテキュンドは、少しだけ足を速めた。
「待たせたかね。今朝はむしろいつもより早く来たんだが」
学生が待ってるなんて事はあり得ないと言っていい、などと呟きながら、テキュンドは扉の鍵を開けた。
「君は…今日は入れてもらえたんだね」
廊下に座っていたゼオンを一瞥し、テキュンドは少し微笑んだ。
「ああ、顔馴染みの門番だったが、アミネの合格発表だと言ったら黙って通してくれたよ」
「ふむ、うちの門番は本城のそれより厳しいと評判だが、彼らが通したとは君も随分信頼されたものだな」
テキュンドの言葉にゼオンは嬉しそうだったが、アミネの表情は固いままだった。
「さて」
アミネを椅子に座らせる。
テキュンドはゼオンにも椅子を勧めたが、このままでいいと彼は扉の近くに腕組みをして立つ。
「それでは早速結果の発表といこうか」
「も、もう⁈」
「君はその為に来たはずだ」
「確かに、そうなんですけど…」
後ろで手を組んだテキュンドが、座るアミネの正面に立った。
あれこれと勉強をした思い出が、アミネの脳裏に浮かんでは消える。
不合格でも旅を再開すると決めて、ゼオンにもそう宣言した。
後悔しないと。
本当にそうなのか。
合格出来ないような実力で『大いなる呪術』を読み解けるのか。
間違った解釈をしてしまうのではないか。
思わず“待って”と叫びそうになった。
「おめでとう、アミネ。君は合格だよ」
「言っちゃった…待ってって言おうとしたのに…」
反応が薄いので、テキュンドは小首を傾げる。
「おい、アミネ」
ゼオンに呼ばれて、彼女は振り返る。
「どうした、合格したんだぞ?」
「………うん?」
合格という言葉の意味を忘れてしまったかもしれない。
「ゴウカク?」
「合格だ、合格」
もう一度、テキュンドの方へ向き直る。
そこにはアミネが見た事のなかった、優しいテキュンドの微笑みがあった。
思わず彼女は両手で顔を覆った。
ふと目覚めると、部屋には誰の気配も感じられなかった。
窓から太陽の位置を確かめたエルスは、寝坊したと確信する。
ただ、焦る必要はない。
何しろアミネの試験の合格発表なのだから。
仮に自分が急いで行った所で、結果には何の影響もない。
とはいえ、行かない選択肢もない。
後で薄情者と言われるのがオチだ。
当人の前では焦ったフリだけはしよう。
「この『大いなる呪術』の時代のものに限ってだが、完璧に解読出来ると私が保証しよう」
アミネは両手で顔を覆ったまま、何度も頷いた。
「特に、ある時期から急に上達の速さが上がったね。これには私も驚いた」
「頭を打ったおかげでしょうか」
本館の入り口にあるニチリヤートの像を破壊しようとした連中に、殴られた記憶が甦る。
「いや、そうじゃないね」




