第9章「偶然ではない」【7】
あの頃が仕事も私生活も一番輝いていた、自信を持ってそう言える。
今は駄目だ、生まれてから最もしょぼくれた生き方をしている。
しかも、この先劇的に変わるなんて考えられない。
つまり、これからもこんな人生がずっと続くのだ、死ぬまで。
「………ねえ、ちょっと聞いてるの⁈」
「あ、うん、何?」
「ニルマの話をしてるのよ。あの子ったら、毎日道場へ通っているわ、ろくに勉強もしないで」
息子のニルマがザムニワ剣術道場へ通うのは、そこに憧れのエルスとゼオンがいるからである。
それを妻のマニーサは分かっていない、理解してあげていないのだ。
「決してニルマは悪い事をしている訳じゃないんだから、そんなに目鯨立てなくても良いと思うけど」
マニーサが口を閉ざした。
無言の圧力をかけてきたのだ。
「勉強するように…私からも言っておくよ」
この先も続くのだ。
今夜も酒場は大勢の客で賑わっている。
店の奥の席では“無情の犬”の面々が、顔を突き合わせて酒を飲んでいた。
「ようやく奴を見つけた」
「本当? だったら今すぐ行こうよ!」
「ウリケ、うるせえぞ」
「まだ頭領の話が途中ですよ」
賞金稼ぎの彼らが探し求めていた人物を、ついに特定出来たというのだ。
「名前も聞いてたのと全然違うし、姿形もまるで変わっていやがった」
「まあまあ、そんな言い訳はいいから、さっさと行っちゃおうよお」
「ウリケ、この間の失敗はお前のせいなのを忘れたのか? 少しは反省しろよ」
「何でだよ! あれはお前らが来るのが遅かったから手下しか捕まえられなかったんじゃないか!」
「喧嘩はやめて下さい。頭領、急いだ方が良いというのは、私も賛成です」
「分かってるよ。今度は失敗は許されねえからな、心してかかれ」
ウリケとクルーフは、ツマミの豆を投げ合って争っていた、ドリムザンが怒鳴るまで。
「いよいよ見つかっちゃったみたいだよ」
とある空き家の中で、“マントの男”改めネミリオが、仲間の3人と声を潜めて話し合っている。
情報を持ってきたのはタムタムのようだ。
「近所の人に聞いてみたら、やたら大柄な男が家の周りをウロついてたんだって。それって、この間ネミリオが負けた奴だよね、きっと」
「負けちゃいないけどな」
「どうするハーネル? タムタムの聞いたのが、ネミリオの負けた相手なら、すぐにでも襲ってくるんじゃないか」
「負けてないって」
「そうだな、とにかく賞金稼ぎの連中が奴を狙ってくるのは間違いない。だったら奴に付きっきりで見張るしかないだろう」
これまでは交代で一人ずつだったが、これからは全員で臨むとハーネルは決めた。
「それにしても、公表されてない賞金首なんておかしくない? どんな悪さしたんだろうね」
「まあ、どこかのお偉いさん絡みくらいしか分からんな」
「………」
「ネミリオ、さっきからずっと黙ってるな。何か意見はないのか?」
「お前ら、陰湿すぎ」
合格発表の日がやってきた。
当然の如く、アミネは朝から落ち着かない。
まだ大学の開門時間ではないが、既に出かけようとしていた。
エルスはともかくゼオンは“一緒に行く”と言っていたのだが、起きてこないので置いていく。
どうせ合否を聞くだけなのだから、付き添いなど必要ないと思っていた。
“先に行く“と短い置き手紙を残して、アミネは一人大学へ向かうのだった。
アミネは後悔していた。
まさか自分がこんなに根性なしだとは思っていなかった。
到着は、やはり早すぎた。
閉鎖された正門の前でしばらく待った。
かなりのしばらくの後、開門されて中に入れるようになったというのに、彼女はそこから足が前に出なくなってしまった。
どうしようと困っていた矢先、遠くから聞き覚えのある足音が近付いてくるのを知る。
「置いてくんじゃねえよ」
ゼオンであった。
どうやら彼だけのようで、エルスはまだ夢の中らしい。
むしろ年下のエルスにこんな姿を見られずに済んで、良かったのかも。
「ほら、行けよ」
ゼオンに背中を手のひらで押されると、不思議ない事に自然と前へ進めた。




