第9章「偶然ではない」【6】
トミア国、ウベキアの町。
ノルマルキ•ウベキア大学の一画、言語学者テキュンド教授の書斎では、アミネの卒業試験が行われていた。
古書『大いなる呪術』全13巻の中から教授が無作為に抜粋したものを、アミネがこれまでに習得した知識を活用して翻訳出来るか、それが試験内容である。
試験は早朝から始められた。
テキュンドは学生たちへの講義があるので、アミネにつきっきりという訳にはいかない。
彼がいない間は、講義のない学生が交代で試験官を務める。
休憩が4回挟まれたが、試験は夜まで続けられた。
「帰り道の事は何一つ覚えてないわ」
宿に戻って開口一番、アミネはエルスとゼオンにそう言い残し、自分の寝室のベッドに潜り込んだ。
「起きないつもりでしょうか」
「いいじゃねえか。この日の為に何十日もずっと頑張ってきたんだ」
「不合格だった場合は…」
テキュンド自身が“試験”だと明言した以上、当然合否の判定が成される訳だが。
「合格するさ、アミネは優秀だ」
ゼオンの言葉には、特に根拠はない。
「仮にだ、万が一テキュンドが自分本位に厳しすぎる判定をして、その結果合格じゃなかったとしたら、もうしばらくこの町に滞在するだけだ」
まあ、そうなるだろう。
エルスとゼオンは相変わらずザムニワ剣術道場で、試合を申し込んでくる酔狂な連中を相手に一日中木剣を振るっていた。
二人への挑戦者は連日行列を作り、盛況であった。
毎日やって来ては毎回の如く負けて帰る者もいれば、旅の途中でたまたま立ち寄った剣士や商人が物珍しさに行列に加わる事もある。
おかげでザムニワ剣術道場は参加料だけで黒字続きとなっていた。
もはや道場主は、2人を”先生”と呼んではばからない。
しかしこれも、アミネがテキュンドの元へ通っている間だけの事。
今日の試験に合格すれば、いよいよウベキアを離れる事となり、それも終わりとなる。
「信じるだろ、合格を」
「そうですね、いいかげんウベキアの住民になってしまいそうですから」
合格発表は三日後である。
ザムニワ剣術道場へやって来るのは挑戦者だけではなく、連戦連勝を誇る2人を見るために、学校帰りの子供たちも多く通うようになっていた。
さすがに見物料まで徴収する訳にもいかず、道場主は彼らには塩対応であった。
その子供たちの中には、印刷所で働くフガンの息子ニルマの姿もあった。
「今日も強かったね!」
キラキラと目を輝かせながら駆け寄ってくるニルマに、エルスは照れてゼオンは胸を張る。
「親父さんは元気か?」
「うん、元気だと思うけど。いつも遅くまで仕事をしてて、どんどん痩せ細っていく感じかな」
ただでさえ痩せているフガンが更に細くなったらと想像すると、心配になってしまう。
「でもお母さんがその分太ってるから、トントンなんだって」
ニルマの母マニーサには会った事はないが、何となく想像は出来る。
「喧嘩? あんまり喧嘩はしないよ。お母さんが一方的にお父さんを叱るだけだから」
どんどんニルマは家庭内の事を喋ってくれるのだが、聞いてて良いのだろうかとエルスは不安になる。
合格発表を待つまでの間はアミネは大学に行かずに宿で過ごしている。
とはいえ結果が気になるので、どうにも落ち着かない。
ゼオンとエルスの事も気になる。
ザムニワ剣術道場で剣を振っているから退屈はしてないだろうが、そもそも自分のせいでウベキアに滞在している訳なのだ。
旅の再開の為には、自分が合格しなくてはならないのだが。
「ねえ、私の料理が気に入らないの?」
「えっ? い、いや、そんな事ないよ」
「だって、また残そうとしてるじゃない」
「ああ、ちょっと疲れて食欲がなくて」
「それじゃあ痩せてくばかりでしょう」
「大丈夫だよ、仕事は出来るから」
「当たり前じゃない、これで働けなくなったら私たちの生活はどうなるのよ⁈」
フガンの食卓での、いつもの会話である。
若かりし頃は大食漢であったが、その分身体を動かしていたので、全員が筋肉に覆われて体重も今の倍くらいはあったように思われた。
きっと昔の自分が今の痩せ細った自分を見たら、大層驚くに違いない。




