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第8章「ダナゴの失策」【10】

 そんな馬鹿な、とダナゴは耳を疑うしかなかった。


「今、ヴェラと言ったのか?」


 しかし生存兵は意識を失ってしまった。


 彼を衛生兵に預けた後、別荘内を捜索していた兵から報告を受けた。


 屋内は乱暴に荒らされた後があり、ユーメシアの衣装や宝石類が盗まれた事が判明している。


「もしもヴェラ兵が襲撃したのなら、目的はあくまでユーメシア様であり、荷物が無くなっているのは盗賊の仕業に見せかける為の偽装工作だろう」


「全ての部屋をくまなく調べましたが、ユーメシア様の姿はおろか、痕跡すら発見出来ません」


 加えて、医師ホッテテや看護師、侍女全員が行方不明だという。


 頭から冷や水をかけられ、全身が寒さにガタガタと震えるようだった。


 ヴェラといえば、心当たりはただ一人。


「ムリューシアが…? いやまさか、しかし待てよ、あの毒殺事件の黒幕が彼女だとしたら、そうか…」


 衛生兵からの報告によれば、生存兵は致命傷を負っておらず、順調に回復する可能性が高いのだとか。


「大事な証人だ、彼の治療に専念してくれ」


 自分の別荘へ招待しておいて、ユーメシアが行方知れずになった事で、ダナゴは頭がおかしくなりそうだったが、時間をかけて気持ちを落ち着かせた。


 夕暮れ時になり、周囲を捜索していた兵の責任者がダナゴの元へ戻ってきた。


「誰の遺体も見つかりませんでした。ですが決して最悪な状況ではなく、ユーメシア様を始め全員が生きている可能性を残しているという事も考えられます」


 そう信じてもいい、という結論だろう。

 既に本城へ伝令の兵を走らせており、応援の部隊が派遣されるだろうと責任者は言った。


 ただ、その部隊の到着は十数日後になるのは間違いない。


 その間は、今いる戦力で範囲を広げながら捜索を続けるしかないとの事だった。








 ユーメシアの精神状態も安定してきたようだった。


 眠っている間もうなされて飛び起きる事が少なくなり、睡眠を長い時間保てるようになっていたのだ。


 後は賊に見つかる前に、何処か軍の駐在している町へ逃げ込めれば文句なしなのだが。


「今、思い出したわ。マクミンの事」


 ホッテテを前にして、ユーメシアは微笑みながらそう呟いた。


「あの夜からずっと、“どうして”“怖い”とか“死にたくない”って思いだけで頭の中が一杯だったけど、ようやく妹の心配を出来るようになったわ。赤ちゃんは順調なのかしらって」


 そう言ったかと思うとすぐ、目元が引きつり、顔を曇らせた。


「護衛の兵士の皆んなは無事なのかしら」


 一連の騒動が起きる前の、凛とした第一王女の姿は、まだない。


 これほどの重い試練をなぜユーメシアに与えたのか、ホッテテは神を恨むのだった。






 ガルボーデンの森、マクミンとセンティオロが暮らす別荘では、穏やかな時間が流れていた。


「ようやく父上が帰ったわね」


 つい先ほど、父王フリエダクが本城へ戻るのを見送った所である。


 フリエダクの本心は、初孫のいるマクミンのお腹をずっと見ていたい所であったが、いつまでも本城を国王不在にしておく訳にもいかず、渋々帰路に就いたのだ。


 センティオロは気疲れで長椅子にぐったりと身を預けていた。


 おそらく、しばらくしたら、またフリエダクは様子を見にやってくるのだろう。


「こうなった事を後悔してる?」


 マクミンはセンティオロの顔を覗き込みながら、そう尋ねた。


「そんな事は微塵も思ってないけれど、君のお父さんだし、王様でもあるし、正直疲れは予想以上だったよ」


「いいわ。またお父様が襲来するまで、ゆっくり休んでて」


「こんなだらしない父親なんて、子供は嫌がるだろうね」


「そんな事ないわ。いつかこの子に笑って聞かせてあげましょう。クルル•レア王に立ち向かう勇敢な一兵卒のお話を」








 看護師は時折、罪悪感に悩んでいた。


 同僚がユーメシアを裏切ったのだ。


 ずっと近くで一緒に仕事をしていたにもかかわらず、どうして気づかなかったのだろうかと。


 君のせいではない、ホッテテはそう慰めてくれるのだが、気は晴れない。


 ひょっとして彼女も賊に加わり、自分たちを追跡しているのではなかろうか、とも。

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