第1章「私は翻訳家じゃない」【8】
翌朝、ドリムザンとソムは昨日も立ち寄った駐屯所に顔を出した。
もちろんここの指揮官は、彼らを手放しで歓迎してくれた。
すぐに指揮官室へ案内されたドリムザンは、指揮官の前に手配書を三枚並べた。
「どれか情報を持ってるのはあるか?」
すると指揮官はまた即座に手を伸ばし、三枚のうちの真ん中の手配書を取り上げた。
「両端の二枚の賞金首は、ウベキアにはいないでしょう。ここに潜伏している可能性があるのは、こいつらです」
その手配書は、昨夜ウリケが勧めてきたそれであった。
ウベキアの町の酒場の掲示板に貼り出されている手配書の賞金首が、必ずウベキアにいるとは限らない。
十組の賞金首が貼り出されていたとしても、一組いるかいないかの低い確率なのだ。
「しかしウリケは引き当てましたね。偶然とはいえ、大した嗅覚です」
ソムはしきりに感心している。
「昔から、あいつはそういう所がある。これまで何回も当たりを引いてきたんだ」
指揮官は部下に命じて、その賞金首の資料を用意させた。
「“焼け石に祈り”…七人か」
「トミアの北の方から降りてきたと言われています。ですから、ひょっとしたら大国さまの出身ではないかとも」
トミアの北にあるのは、あの巨大な王国である。
「ずいぶんと悪事を重ねてきたようですが、なかなか尻尾を掴めません。諜報部の分析では、奴らは普段ばらばらに離れて行動し、仕事の時だけ集まるようです」
「長年生き残るには、慎重さが大事だという事ですね」
ここでもソムは感心している。
「いつまでここにいるかというと、正直言って分かりません。大きな仕事を成し遂げたら、出て行ってしまうのでしょうが」
大きな仕事にいつ取り掛かるのか、明日かもしれないし、一年後かもしれないと指揮官は言う。
ただ、それ以上の情報はなかった。
「人数が分かっただけでも立派な収穫といえよう。助かった」
「い、いえいえ、滅相もない。我々も見廻りを続けて、奴らの動きに目を光らせるつもりです。何か新情報が入れば、すぐにでもドリムザン様にお知らせ致します」
「そうしてもらえると、有難い」
「クルーフはさ、どう思う、奴らの狙い?」
「知らねえよ」
“無情の犬”のウリケとクルーフは、町中を歩き回っていた。
四人揃って駐屯所へ行くのは効率が悪い、と言い出したのはウリケであった。
それならさっさと賞金首を探し始めた方が良いに決まってる、と。
「“焼け石に祈り”がいるかどうかも分からねえのに、探してどうなるんだ?」
それこそ効率が悪いとクルーフは言いたいらしい。
「それでもいいじゃん」
ウリケはぴょんぴょんと跳ねるように歩く。
「“焼け石に祈り”がいなくても、他の奴がいるかもしれないんだし。ついでにアイツも見つかるかも知れないでしょ!」
「ち…めんどくせえな」
「それよりさ、どう思う? “焼け石に祈り”の狙いは?」
「やっぱりそいつらを探してるんじゃねえか!」
ウリケは屈託のない笑顔を返す。
「まったく…手配書通りなら、奴らはその町のお宝を奪う。この町にもしもいるなら、当然この町のお宝を狙うんだろうよ。だったら、まずはそのお宝が何かを特定すれば、奴らの狙いが分かるんじゃねえか」
ひゅん、とウリケがクルーフに体を近付けた。
「な…」
「すごいよ、クルーフ! そんなの僕は全然思い付かなかった! それって、とんでもなく正論だよね!」
「うるせえな、正論とか言うんじゃねえよ。多数決とか正解とか、そういうのとは逆の人生を俺は生きてきたんだから」
「え! …照れてるの⁈」
「照れてねえよ、いいから真っ直ぐ歩け」
ウリケに褒められて身体がむずむずするのは事実である。
しかしそれよりもクルーフが驚いたのは、彼がすぐそばまで寄ってきた速さであった。
分かっていても、まるで反応出来なかった。
アレイセリオンで“無情の犬”に加入したクルーフだが、ウリケがただの子供だとは思えなかった。
腕には自信がある彼だったが、果たしてウリケと一対一で戦ったら勝てるかどうか、その自信は持てなかった。
味方で良かったというほかない。