第8章「ダナゴの失策」【9】
ずっとここに留まっていては追い付かれてしまう、ユーメシアたちはすぐに出発した。
医師がいて看護師も一人残っているから病や怪我には対応出来る、侍女がいるから身の回りの世話もしてくれる。
だが武力がない。
賊に見つかって襲われたら、勝ち目など皆無に等しい。
恐怖に押し潰される。
頭を突き合わせてみても、打開策が浮かばない。
真っ直ぐ進めば町や村に辿り着けるなど、そんな甘いものではなかった。
「ひ、姫様!」
ところが、手綱を取る侍女が、急にユーメシアを呼んだのだ。
まさか追っ手かと緊張が走ったが、そうではなかった。
「道です、道があります!」
荒野が広がっている。
馬車が走れば、そこが道だと言えなくもない。
だが違った、それは紛れもなく人が作った道路なのだ。
馬車が一台通れる幅に、石が敷き詰められていた。
所々石が剥がれて土が剥き出しになっているものの、ここはほぼ平坦で大きな振動なども起こらない。
「なんと、こんな事が…姫、我々は見捨てられた訳ではなさそうですぞ」
道が見つかったという事がどういう事か、それはユーメシアも知っていた。
だからホッテテの言葉に胸が詰まる。
道が伸びる、何処からなのか、村や町からに相違ない。
一つの町から次の町まではかなりの距離があり、その間を全て道で繋ぐのは、まだまだ困難であった。
だから各市町村ではその入り口から出来る限り道を伸ばし、いつかお互いの道が繋がる事を目標としている。
そうなれば、町と町の行き来が楽になり、人々の暮らしの発展にも繋がるのだ。
つまり、彼らが道を見つけたという事は、町や村が近いという事なのだ。
「本当に、苦しい事ばかりだったけれど、ほんの少し望みが見えたわね」
ようやくにして、ユーメシア一行は小さな村に到着した。
村人は始めこそ警戒したものの、馬車に乗っているのが女性五人と老いた男一人だったので、むしろよく無事に旅が出来たものだと感心していた。
ここまでよく頑張ったのは、馬も同じである。
ホッテテは持っていた数枚の金貨で、馬にエサや水を、自分たちにも食料や水を村人から分けてもらった。
ユーメシアたちが束の間の休息を堪能する間に、彼はこの村の位置を教えてもらっていた。
やはり彼らは別荘から南西に進んでいたのではなく、南東に向かっていたようだ。
消えた看護師に誘導されたのかも知れない。
「出来ればここで一晩寝泊まりさせてもらいたい所だが、そういう訳にもいかん」
この先どうするかを決める為、ホッテテはユーメシアに声をかけた。
少し休めたユーメシアは、ホッテテが驚くほどにしっかりとした表情になっていた。
ようやく頭が回るようになったわ、とユーメシアは一言。
「軍の正規経路を通りましょう」
それは文字通り、クルル•レア軍が使用する、決められた経路である。
「残念ながら、この村には兵はいなかったけれど、この経路を進んで行けば、駐屯所のある町に着けるはず。そこに避難すれば安全が確保されるわ」
思わずホッテテの口元が緩んだ。
「いやいや、本当に、ようやくユーメシア姫がいつもの調子に戻ってきたと嬉しくなりましてな」
「いつものかどうかは分からないけれど、怯えてばかりもいられないでしょう? あと少し、気を張らなくちゃ」
それから、村の女性たちが気を利かせ、ユーメシアたちに洗った服を譲ってくれた。
何しろ全員、寝ていた時の格好のままだったので、哀れに思われたようだ。
村人はユーメシアの顔など知らないし、ユーメシアも素性を明かさなかった。
馬車は村から出発した。
人も馬も元気になった。
このまま賊に追い付かれる前に、何処かの町へ逃げ込みたい所だ。
大臣のダナゴは顔面蒼白になっていた。
彼は、ユーメシアがいるはずの別荘へ来ていたのだ。
別荘の周りには何人もの遺体があった。
同行していた軍の者が、ユーメシアの護衛の兵だと確認した。
「生存者がおります!」
別の兵士が、生きている兵を発見した。
息も絶え絶えだったが、その兵はダナゴに次のように語った。
「あれは…ヴェラ兵でした…」




