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第8章「ダナゴの失策」【8】

「姫様、みなさんもしっかり掴まって! かなり揺れますよ!」


 車輪が石を踏み、木の枝に乗り上げ、右に左に激しく車体を振られながら馬車は走る。


「逃げたぞー!」


 賊の声だと思われた。


「兵のみんなは、どうなったかしら…」


 ユーメシアが、残された兵士の身を案ずる。


「心配いりませんぞ。彼らは姫を守る為の、特別に選ばれた剣士たちです」


 ホッテテはそう口にしたが、それは何の保証もなかった。


 大袈裟にならぬよう、兵の数はやや抑えていた。


 ダナゴの考えに異論を挟まなかった。


 こんな事なら、倍の人数を連れてくるべきだったと後悔していた。




 森を抜けて道の凹凸は少なくなり、落ち着いて乗っていられるようになった。


 かといって油断は禁物である。


「この先は何処へ向かえば良いのでしょうか?」


 手綱を取る侍女からの問いかけだったが、ホッテテは迷った。


 本来ならレジョメコウ城へ戻るべきだが、それは危ないと感じでいた。


 別荘の場所が知られていたのが、その理由だ。


 それなら別の大きな町へ行って、軍に助けを求める方がより安全ではないかと。


 彼はユーメシアに相談した。


「そうね、ホッテテの言う通りだと思うけど。今はどっちへ走っているのかしら」


 すると看護師の一人が、そっと手を挙げた。


「おそらく南西へ向かってると思います」


 看護師は空を見上げて、星の位置で確認出来ると言った。


「本城から八日かけて、あの別荘よね。そこから南西なら、テーレン市が近いわ。あそこならお城もあるし、軍の規模も大きいから大丈夫でしょう」


 ユーメシアが落ち着きを取り戻した様子を見せた事で、馬車に乗っている全員にも笑顔が浮かんでいる。




 大臣のダナゴは不謹慎と知りつつ、心の中は大いに浮かれていた。


 自分の別荘でユーメシアが療養している。


 快方へ向かえば、間違いなく彼女は自分へ感謝の気持ちを抱くだろう。


 妹のマクミンが結婚するとなれば、彼女も結婚に興味を持つ可能性がある。


 その時、頼りになる身近な人間として、自分が筆頭候補になるのではないかと想像しているのだ。


 そんな風にずっとウキウキしていると、ダナゴは居ても立っても居られなくなってきた。


 本城でのゴタゴタをさっさと片付けて、別荘へユーメシアの見舞いに行きたいと考えていた。




 それから四日後。


 ユーメシア一行は、まだ荒野のど真ん中にいた。


 目的のテーレン市など、影も形も見えてこない。


 馬車を大木の元へ停めて、彼女たちは休憩を取る事にした。


「おかしいわね。もうとっくにテーレン市へ到着していてもおかしくないのに」


 いざという時の為に積んでおいた水と食料も、残りが乏しくなってきた。


 疑いたくはないが、ホッテテは方角を教えてくれた看護師に確かめようと、彼女を探した。


「………おや………?」


 彼女の姿が見えない。


 もう一人の看護師に尋ねると、用を足しに行ったと返ってきた。




 だが、看護師は戻ってこない。


 何かあったのかも知れないと、ユーメシアはホッテテと侍女一人に頼んで探しに行かせた。




 しばらくしてホッテテと侍女は戻ってきたが、看護師は一緒ではなかった。


 すると侍女は、手に持っていた物をユーメシアに見せた。


 小石に赤い糸が結ばれており、それが二つ。


「彼女を探している途中で落ちておったのです。もしや、我々の通った道を教える為の合図ではなかろうか」


 それをあの看護師がやったとホッテテは言いたげであった。


「そんな、ホッテテ。共に逃げてきた彼女をそんな風に疑うだなんて」


「ひょっとしたら、南西に向かっているというのも嘘かもしれませんぞ」


「やめてちょうだい。そんなの、聞きたくないわ。もしもそれが本当だったら、誰も信じられなくなるじゃない」


「申し訳ありません。彼女は長く本城で働いていましたから、すっかり信用しておりました」


 この小石が賊に見つかっているとすれば、真っ直ぐ追跡されている可能性がある。


 今さらテーレン市へ向かうのも危険だと思われた。


 目的地が賊に伝わっているかも知れないからだ。


 何より、全く違う方角へ走らされているなら、テーレン市を目指すのも時間を浪費するだけだ。

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