第8章「ダナゴの失策」【4】
本城レジョメコウから大急ぎの伝令がガルボーデンの森へ到着したのは、事件から三日後の事であった。
ただ、直接フリエダクにではなく、まずは護衛部隊の責任者である騎士コンペスタに伝えられた。
「ふむ…これはただならぬ事態であるな」
険しい表情で一考した後、コンペスタは伝令にこう告げた。
「フリエダク王には私から伝えよう。王からの言葉を持って参るので、この場で待たれよ」
そう言ってコンペスタはフリエダクの部屋へ向かったのだ。
だが、彼が国王へ伝えたのは、
「侍女のインバイが亡くなったようです」
これだけだった。
伝令から聞いた内容を全てフリエダクに伝える気は元から無かった。
せっかくマクミンの様子を見に来た国王に、余計な心配をさせる必要などないと。
本城へ帰ってから伝えても問題はない。
どのみち、今から本城へ戻ったとて、国王に何が出来るはずもないとコンペスタは思っていた。
しかしインバイについては別である。
コンペスタが騎士の称号を賜り、本城で仕えるようになった時、既にインバイは三人の王女の身の回りの世話をしていた。
つまり、侍女とはいえインバイは特別な存在であると彼は認識していたのだ。
「そうか、インバイが亡くなったのか。彼女には娘たちが相当世話になった。実に残念だよ。ユーメシアには、手厚く葬ってやるように伝えてくれ」
これが国王からのお言葉である。
フリエダクがインバイの事をマクミンに伝えるかどうかは、コンペスタの心配する話ではない。
ユーメシアが床から這い出てきたのは、事件から五日後の事である。
その顔は青白くやつれ、お世辞にも元気になったとは言い難い。
「インバイの葬儀をしてあげなくちゃ」
呼び付けたホッテテに対して、彼女はそう告げるのだった。
インバイの葬儀は慎ましく執り行われた。
彼女に家族はいなかった為、参列はユーメシアやホッテテの他は同僚の侍女たちや執事、兵士など仕事仲間のみとなっていた。
その後ホッテテは、大臣のダナゴに呼び出されていた。
「どこまで調べはついたのですか? 分かっている所までで構わないから、話してくれ」
「ああ、まあほとんど軍部の者に聞いた事ですが、どうやら食卓に並んだ全ての料理に毒が混入されていたようです」
「つまり、どれを食べてもユーメシア姫は毒にやられていたと?」
「そう、しかし姫様に毒を盛るという目的を果たせず、毒を入れた事もインバイによって暴かれた」
何故インバイはその計画を知る事が出来たのか、ダナゴには疑問があった。
「さあ、私には分かりません。ただ、婆さんはこの城の事なら誰よりも詳しいですから、こっそり盗み聞きでもしたのでしょう」
それでは説明がつかんではないか。
「料理人も給仕も、計画が発覚したら自決すると、前々から決めていたのでしょう。遺書を残して」
遺書を持っていたのは料理人のうちの一人だけである。
「さすがに詳しい内容は教えてもらえませんでしたが、ユーメシア姫に恨みがあるとか書いてあったようです」
「まさか、ユーメシア様に恨みを持つ者などいるはずがない!」
「いや、いるでしょう」
「何だって⁈」
「ユーメシア姫は次期国王ですぞ。八つ当たりや被害妄想から、妬まれたり憎まれたりは当然ありましょう」
今回はその中の者による犯行だと、軍部は睨んでいるのだとか。
「しかし奴らはムリューシアとかいうヴェラ王の側室からの紹介なのだろう? とにかく彼女を調べるべきでは?」
「いや、もうとっくに軍の聞き取りを受けておりますよ、ムリューシアは」
「あ、そうなのか?」
なぜ大臣の自分より、医師の方が何でも知っているのか、ダナゴは腑に落ちない。
「確かに料理人も給仕も、私がクルル・レアの本城へ赴くと決まってから、志願してきた者ばかりです」
ムリューシアは軍の取り調べに対し、そう答えた。
「全員、旅の途中も真面目に働いてきました。だから私たちは彼らを信頼して、ユーメシア様に料理を振る舞うように命じたのです」
ヨイデボウロも同じように、知らなかったと口を揃えた。




