第8章「ダナゴの失策」【3】
「誰なのよ、インバイって! どうしてそんな訳分かんないのが死んでんの⁈」
ムリューシアの声が大き過ぎると、ヨイデボウロはなだめようと必死である。
王族専用の食卓で人が亡くなったと報せを受けた時、ムリューシアは遂に成功したと諸手を挙げて喜んだ。
「例の侍女でございます」
ところが、死んだのはユーメシアではなかったと知り、今度はこめかみに血管を浮き上がらせて怒っているのだ。
「“例の侍女″ってなによ! たかが侍女ごときが特別感を出してんじゃないわ!」
廊下まで声が筒抜けになりはしないかと、ヨイデボウロは気が気でない。
「申し訳ありません。詳細が全く掴めておりませんので、今は何とも…」
クルル・レア側からは、危険だから部屋から出ないようにと釘を刺されている。
ヴェラ兵が確認に向かっているので、戻ってくるのを待つしかなさそうだ。
他の侍女たちに身体を支えられながら、ユーメシアは自分の部屋へ戻ってきた。
しかし彼女たちの呼びかけにもまるで反応が無く、生気が抜けてしまったようであった。
ホッテテにあっては悲しんでばかりもいられなかった。
何しろ給仕が五人と、料理人が六人の計画十一人も遺体となっていたからだ。
城下町にある国立病院からも、応援の医師や看護師が応援に駆り出されていた。
ヴェラ国の人間がこのような騒ぎを、クルル・レアの本城で起こしたのだから、空気はピリピリとしていた。
“責任を取れ″だの“城から出ていけ″だのとクルル・レア兵に詰められ、ヴェラ兵も逆上する。
城内のあちこちでいざこざが起きて、怒号が飛び交っていた。
ヴェラ人の遺体が城の外へ運び出されたのは深夜になってやっとである。
騒ぎが沈静化したのもその頃であった。
クルル・レアの若手大臣ダナゴは、かつてユーメシアと熱愛を噂された事もある。
端正な顔立ちのダナゴならユーメシアともお似合いだと、国民が勝手に想像していただけなのだが。
ダナゴ自身もその気になっていたのだが、結局ユーメシアとは何もないままで、その噂も煙のように消えてしまった。
とはいえ何とか存在感を示そうと、先頭に立って事態の収拾に走り回っている所である。
夜が明けてもユーメシアは自室から出てこない。
状況を説明したいと願い出るも、侍女たちに追い返される始末。
国王フリエダクはマクミンのいるガルボーデンの森へ行ってしまっていた。
急ぎ今回の件を知らせる為、伝令を走らせる。
他の都市への通達文書を送ったり、ヴェラ兵を本城から追い出そうとする軍部に事を荒立てぬよう説得に回ったりと、ダナゴは目が回る程の忙しさであった。
ムリューシアから事の詳細はまだかと急かされるヨイデボウロであったが、それもまた難しくなっているというしかなかった。
「ヴェラへの風当たりが強くなっており、兵も自由に動く事が出来ません。強引に行こうとすれば、向こうの兵と揉めてしまうのです」
「言い訳はいらないから、何とかしなさい」
「私としましても、決して手をこまねいているだけではありません。クルル・レア内に紛れ込んでいるヴェラ人と連絡をつけ、様子を探らせるつもりです」
故にもうしばらく時間が欲しいと、ヨイデボウロはムリューシアに懇願する。
「なんて事かしら! ユーメシアさえ亡き者になっていれば、私だってこんなにイライラしないものを!」
少しずつ城内が落ち着きを見せ始めた頃、げっそりと疲れた様子のホッテテがユーメシアの自室を訪ねていた。
「まだ何も口にしようとされないのです。これでは姫様も病気になってしまいそうで…」
ベッドに横たわるユーメシアだが、眠っているのかと思えば急に目を開けては声を噛み殺しながら身体を震わせたり、確かに普通の状態でないのは明らかであった。
「目の前でインバイのあんな姿を見せられたのだから無理もない。食事など摂りたくないだろうな。しかし、本当に何とかせねば」
眠っている間に口から少しずつスープを流し込んで、ユーメシアに栄養を与えようとホッテテや侍女たちは苦労した。




