第8章「ダナゴの失策」【2】
「姉様! 私、お母様が欲しいわ! 今日は絶対よ、絶対欲しいわ!」
「うるっさいわね」
「ニマジレ、わがままを言わないで」
「なによ、ユーメシア姉様もマクミン姉様もお母様との思い出があるくせに!」
「三人とも静かにしてください。廊下まで声が筒抜けですよ」
「………」
「誰?」
「ひょっとして、新しいお母様?」
「そんなわけないじゃない。あなた馬鹿でしょ」
「新しい侍女ね」
「誰でもいいわ、お母様になって」
「私はインバイと申します。ニマジレ様、残念ですが私は貴方様のお母様にはなれません」
「そりゃそうよ、身分が違うんだから」
「可能性が無い訳ではないけど、手続きがとっても複雑だって聞いたわ」
「じゃあいいわ、インバイが新しいお母様を連れてきて!」
料理を飲み込んだインバイは、黙ってユーメシアに笑顔を向けている。
「インバイ、何をしているの? いくらなんでもそれは…」
「どうか、ご無事…」
インバイは口から大量の血を噴き出し、そのまま仰向けに床に倒れた。
ユーメシアの白い衣装にも血飛沫が飛んできた。
〈ユーメシア様。私に出来るのはこの程度。どうか無事に女王になれますように〉
〈マクミン様。元気な赤ちゃんを産んでください。私には叶いませんでしたが〉
〈ニマジレ様。出来れば最期に一目お会いしたかったけれど、少しでも大人になっていますように〉
「インバイ…?」
ぴくりともしないインバイに駆け寄り、ユーメシアはその小さい身体を抱き上げる。
「どうしたの、ダメよ、こんな所で眠ってはいけないわ…!」
部屋の外にいたクルル・レア兵が異常を感じ取り、中に踏み込んできた。
「如何なされ…これは⁈」
第一王女が侍女の名を何度も叫びながらその身体を揺さぶっている。
これが異常でなくて何なのか。
「…ホッ、ホッテテを、ホッテテを呼んで! 今すぐ、ホッテテを!」
兵の一人が部屋から飛び出していく。
残った兵も状況が掴めない様子だった為、給仕たちの方へ顔を向けた。
「何が起きたのだ⁈」
給仕たちは青い顔をして固まっていた。
だが兵の声で我に返り、お互いの顔を見合わせた。
すると彼らは食卓に近付き、めいめいに皿から料理を手掴みで口に頬張った。
インバイと同じように。
必死の形相で部屋へ飛び込んできたホッテテだったが、そこには大惨事が広がっていた。
料理を食べた給仕たちも、インバイと同様に口から血を吐いて倒れたのだ。
「ホッテテ! お願い、インバイを助けて!」
兵士は倒れている給仕たちの様子を伺っているが、生きている者を見つける事は出来なかった。
それはホッテテも同じであった。
手首を取って脈を、胸に顔を寄せて呼吸を、胸に手を当てて心臓の動きを確かめた。
だがどれも、彼女が生きているという証を得られるものは見つけられなかった。
「姫様、残念ですが、インバイは亡くなりました…」
「嫌、嫌だ! インバイは死んでなんかないわ! 何とかしてよ、ホッテテ! あなたはこの国で一番の医者なんでしょ! お母様だって言ってたわ、あなたのおかげでずっと長生き出来たって! だからインバイを起こして! 眠ってるだけだから!」
「姫様、申し訳ありません。インバイの心臓は止まっているのです。私ごときには何も出来んのです。どうかお許しください」
絨毯に両手をつき顔を埋めて、ホッテテは身体を震わせた。
それは決して医者としての無力さを感じているだけには思われなかった。
兵の一人が厨房へ突進した。
料理を食べた全員が死亡した。
言うまでもなく料理が原因だ。
料理人を捕まえろ!
しかし、遅かった。
厨房にも生存者は残っていなかった。
ただ、宮廷料理人とされていた男の手には、一通の封筒が握られていた。
「インバイ、一緒に寝てよお」
「インバイ、出かけるから服を出して」
「二人とも、インバイだって忙しいんだから、何でもかんでも押し付けてはダメよ」
「マクミン様のお洋服は、お部屋に出してありますよ。ニマジレ様には絵本を読んであげますから、先にベッドに入ってて」
「待ってるわ、絶対来てね!」
「やった、さすがインバイ!」
「それで、ユーメシア様は何を?」
「え、私は、あの、お茶を…」




