第7章「フリエダクの葛藤」【10】
自分が行っても意味が無いのではないか、国民は喜ばないのではないかと。
「私じゃなくてもいいのよ…私じゃなくて…」
ユーメシアの脳裏にマクミンの顔が浮かんできた。
「きっとそうね、皆は今マクミンの事で頭が一杯なのよ」
足取りが重く、手も高く上がらなかった。
ムリューシアが泊まっている客室の前には、ヴェラ兵二人が張り付いていた。
最初は一人だったが、その一人が急用で配置を外れたら、他の誰かが近付いて彼女の話を盗み聞きするかも知れない。
つまりは、聞かれては困る事を話している訳なのだが。
「素人に襲わせたのですが、惨敗でした」
「それは仕方がないわ。うちの兵を使う訳にはいかないものね」
運良く仕留められれば儲けもの、くらいにしかムリューシアは期待していなかった。
少しくらいは怖がらせる事が出来たなら、御の字というもの。
「しかし、今の計略は地味ですが効果が上がっているようです。あの第一王女が精神的に参っているようです」
「おそらく生まれてからこのかた、大勢の人々から注目されてきたでしょうから、見向きもされなくなるなんて初めてでしょうね」
「色々大変ではありましたが」
公務で民衆の集まりを許可するものに関しての告知は、主催者側が受け持つ。
街に貼り紙をして、チラシを配る。
例えばここにユーメシアの名前を入れておけば、それだけで人が集まってくる。
裏を返せば、もしも貼り紙やチラシが人々の目に止まらなければ、公務が開かれる事もユーメシアが来る事も誰にも知られないままなのだ。
ここでは人海戦術を用いて、まず貼り紙を剥がす。
続いてチラシを配布する者の近くへ行ってはそれを受け取って処分し、一般の者にチラシが渡らないようにしたのだ。
念の為、公務の会場へ通じる道をあらかた封鎖し、行けなくする。
これが見物客減少のカラクリである。
「思った以上に国王が“初孫″に夢中になっているのも助かってるんじゃない?」
「正にその通りでございます。本城を何日も開けてくれるのを繰り返してくれるものですから、やりやすくなっております」
「あの自信満々な第一王女を精神的に痛め付ければ、もうほとんどこっちのものよね」
「そうですなあ。そろそろ、仕上げの段階に入っても良いかもしれませんな」
「いいわよ、やっちゃいなさい」
この部屋の扉の前の廊下には、ヴェラ兵が二人いる。
ただ、隣の部屋には誰もいない。
この部屋は外からの出入りが可能な為、廊下を通らずとも忍び込める。
そしてムリューシアのいる部屋の方の壁に耳を近付ければ、話し声が聞き取れる。
その事を、ムリューシアとヨイデボウロは全く気付いていなかった。
公務の合間を縫って、ユーメシアは本城の庭で一人お茶の時間を過ごしていた。
雲が少なく青空が見渡せる天気であったが、ユーメシアはカップのお茶を見つめるばかりで視線を上げようとはしなかった。
「少し、よろしいでしょうか?」
声をかけてきたのはムリューシアであった。
「失礼ですが、ユーメシア様はお身体の具合が優れないのでしょうか?」
「私が? そんな事はありません。いつも通り健康そのものですわ」
ユーメシアは笑顔で答える。
「気のせいかしら、少しお顔がやつれたように見受けられるものですから…」
「あら、ご心配頂いてたのですね。それならご安心を。でもひょっとしたら疲れが顔に出てしまっているかも」
「まあまあ、それはいけません。この国に欠かせないユーメシア様が、もしも倒れられたりでもしたら、国家の一大事です」
「そんな、大袈裟ですわ」
「いいえ。万一を考えるのも、やがて国を継がれるユーメシア様には仕事の一つです」
そこで提案がある、とムリューシアは指を一本立てるのだ。
「私、実はヴェラから宮廷料理人を連れてきてますの。クルル・レアへ来るまでに、ずっと腕を振るわせておりました」
おかげで長旅にも心身共に疲れなく過ごせたのだと、ムリューシアは鼻を高くした。
「腕は確かです。ですからその者にクルル・レアの料理を作らせ、ユーメシア様にご賞味いただこうかと思っているのですが」




