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第1章「私は翻訳家じゃない」【7】

 辺りが薄暗くなった頃、ウベキアの町の駐屯所から出てくる四つの影があった。


「ずいぶんと頭をぺこぺこと下げてましたね、あの指揮官」


 駐屯所に入った時と出る時の指揮官の態度が百八十度変わった事に、ソムは呆れている様子だ。


「頭領には、みんな媚びへつらうんだってば!」


 そう言って頭領を茶化すのはウリケ。


「頭領、あんた何者なんだ?」


 感心した眼差しを向けるのはクルーフ。


「俺じゃない。奴が頭を下げてたのは、書簡の差出人だ」


 頭領のドリムザンは冷静に答える。


 彼らは賞金稼ぎ団“無情の犬”。


 この町に来たのが初めての彼らは、謂わば余所者である。


 そんな初対面の賞金稼ぎに対し、正規軍の指揮官たる者がいきなり何度も頭を下げるなどは、まずあり得ない。


 横柄な立ち振る舞い、上からの物言いで“無情の犬”を馬鹿にしていた指揮官が態度を一変させたのは、ドリムザンが持ってきた書簡のせいであった。


 その書簡を認めたのは、トミア国の貴族である。


 しかもただの貴族ではなく、少なくともトミアの正規兵ならその名を知らぬ者はいないと思われる程の、超が付くほどの大物貴族なのだ。


 その名を見た指揮官は顔面蒼白になり、冷や汗をだらだらと流した。


 その変わりようを眺めていたソムとクルーフは呆気に取られたという訳だ。


 書簡に何が記されていたのかも気になる所であった。


「なに、短い文章だ。“無情の犬”がしばらくこの町で稼ぎをするから、よろしくって感じだ」


「たったそれだけなのか?」


 “よろしく”で何がどうなるというのか、クルーフは腑に落ちない。


「それだけで十分なんだ。これで、僕らがこの町で多少の問題を起こしても、お咎めなしになるんだよ」


「なるほど、そのお方の名前があれば、“よろしく”が免罪符になるって寸法なんですね」


 ウリケやクルーフより年上ではあるが、ソムははきはきとそう言って、納得した様子だ。


「そんな権力を持つ奴に書簡を書かせるなんて、頭領は化け物かよ」


「そんなんじゃない。貴族同士の横の繋がりってヤツさ」


 やはりドリムザンは事も無げに答える。




 空腹の彼らは一番最初に目に付いた酒場に飛び込み、腹ごしらえを急ぐ。


「だけどさー、お金無いんでしょー、頭領?」


「そうだな、ここの金を払ったら、ほぼ文無しだ」


 酒が入り、ドリムザンの口調も少し緩やかになる。


「何だよ、そのお偉いさんは、路銀を都合してくれなかったのか?」


「そんな思い通りにはいかんさ。そのお偉いさんに書簡を頼んだのはアレイセリオンのお偉いさんで、そのお偉いさんもリーガスのお偉いさんに頼まれたんだからな」


「は? 訳分かんね」


 いくら飲んでも表情の変わらないクルーフだが、話を理解する気はないらしい。


「元々の依頼、というか手配書はリーガスのものでしたよね?」


 リーガス国で名の売れていた“無情の犬”に貴族の一人が声をかけてきた、という訳である。


 その貴族がアレイセリオンのある貴族に宛てて書簡を認め、トミアの超大物貴族に書簡を認めてくれるように頼んだのだ。


「あ、あれか」


 合点がいったようにクルーフが顔を上げた。


「リーガスでもアレイセリオンでもトミアでも、頭領が一人で出かけて一日帰らなかったってのがあったよな。それだろ?」


「その通り、ようやく頭が働いたね」


「うるっせえよ」


 要は、各国で貴族に書簡を認めてもらう為に外出していたのだ。


「ああ。貴族ってのはどいつも勿体ぶってやがるから、どこの国でも一日待たされたのさ」


 いつの間にか姿を消していたウリケが、にやにやとしながら戻ってきた。


「これくらいなら、どう?」


 ウリケはテーブルの上に、掲示板からとってきた一枚の手配書を広げて見せた。


「宿にも泊まれないんじゃ、嫌だもんね」


「そこそこの額ですね」


「いいんじゃねえか、身体を慣らすのにはもってこいだろ」


 しばらく手配書を眺めていたドリムザンが、それを指でとんとんと叩いた。


「うむ、よかろう。明日もう一度駐屯所へ寄るぞ」


 話が決まった所で彼らは立ち上がり、酒場を後にした。

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