第7章「フリエダクの葛藤」【7】
言葉を交わす回数が増えれば、僅かずつでもお互いの理解に繋がる。
そうやってフリエダクとセンティオロは、やがては義理の親子になるという意識を深めていく。
「それは良い事だと思うけれど…」
ユーメシアは側近の者には悩みを打ち明けていた。
「やっぱり、結婚の前に子供が出来ただなんて、国民は驚くでしょうね」
第二王女が火遊びをして、妊娠した。
だから結婚する。
そう捉える国民も少なくないだろう。
「マクミンのお腹が大きくなる前に式を行うか、産んでお腹をスッキリさせてからにするか」
どちらにしても、結婚して妊娠という流れだと国民には認識させなくてはならない。
ところが、その目論見が台無しになっ
た。
どこから情報が漏れたのか、国民がマクミンの妊娠を知ってしまったのだ。
少なくとも首都ジョゼイタの住民たちには、すっかりと知れ渡ったようだ。
本城レジョメコウの前には、子宝を授かった第二王女を一目見ようと、若しくは一言お祝いを述べようと、国民がその機会を求めて殺到していた。
「まったく、一体どうやって、誰が⁈」
ごく僅かな人物しか知らないはずなのだが。
発表の順番が狂ったのもあるが、それだけではない。
三姉妹の中でマクミンだけは、人前に出る事を苦手としている。
今までは公務として皆の前で笑顔を作り、手を振ってきた。
だが体調の面からして、あの群衆の中に出ていくのは、ただただ負担になるばかりであろう。
兵を使って追い払えば一旦は済むのだが、これが続くとかなわない。
この件に関しては父王から“任せる″と言われている。
午後にいつものお茶を楽しむなんて暇は取れそうにない。
その悩みを解決しようと姿を現したのは、ムリューシアであった。
「ジョゼイタ市を南東へ向かった先に、とても素敵な別荘がございます。マクミン姫とセンティオロには、そちらで生活させてはいかがでしょう? 少なくとも赤ちゃんが産まれるまでは、静かで落ち着いた環境が必要でしょうから」
良い提案だと言わざるを得ない。
決してムリューシアを疑う訳ではないが、ユーメシアはすぐに側近の一人をその別荘の視察へ向かわせた。
側近は数日で本城へ戻ってきた。
なるほど、距離もさほど遠くはなさそうだ。
そこはガルボーデンという森であった。
森の中央には湖があり、そのほとりに真新しい別荘があるのだとか。
まさか最初から二人をここに住まわせるつもりで建てたのかとユーメシアは勘繰ったが、たとえそうだとしても問題は無さそうだ。
彼女が初めてムリューシアに感謝した瞬間である。
急いでマクミンに準備をさせる。
ところが一つ、気がかりな案件が浮上した。
別荘で働く侍女や料理人、医師などは既にムリューシアが手配済みだというのだ。
そこまでやっていたかとユーメシアは呆れたが、今から全員をクビには出来ないとムリューシアは泣き落としで懇願してきた。
仕方なく、マクミンが気心の知れた侍女二名を帯同させる事で何とか話を付けた。
ムリューシア主導になるのはいささか引っかかる点ではある。
「良いではないか。遠慮なくムリューシアの好意に甘えようぞ」
呑気な事を言っている父王だが、その表情も柔和なものになっている事にユーメシアは気付いていた。
マクミンとセンティオロの別荘への出発は、国民が群がるのを避ける為、夜遅くに行われた。
護衛には軍が気を利かしてクルル・レア最強の騎士コンペスタを付けてくれた。
「眠った方がいいよ、マクミン」
馬車の窓から街並みを眺める彼女に、センティオロが声をかけた。
「あなたこそ、父上の相手ばかりで気が休まる時が無かったでしょう。今は二人だけなんだし、楽にしたら?」
「そんな事はないよ。あんな風に国王陛下と話が出来るなんて、嘘みたいだ。本城では夢のような時間を過ごさせてもらったよ。本当に、人生は何があるか分からないね」
マクミンが眠るまで見守っていると豪語したセンティオロだったが、舌の根も乾かぬうちにスヤスヤと寝息を立て始めた。
そんな彼を優しく見守りながら、マクミンはしばらく帰れなくなるジョゼイタの街並みをもう一度眺めるのだった。




