第7章「フリエダクの葛藤」【5】
しかし目の前のこの女性は、その恐ろしい計画を実行しようとしているのだ。
恐ろしい、だがその恐怖にも魅入られている自分がいる。
ヨイデボウロは計画の凄惨さが、自分の予想より遥かに跳ね上がっていたと知っても、止める気にはなれなかった。
ふと、廊下の方で人の話し声が聞こえてきた。
揉めているようにも思われた。
ヨイデボウロはムリューシアに向けて、自分の口の前で人差し指を立てた。
それから部屋の扉を開けて廊下の様子を伺った。
「何かしら、私はムリューシア様のご様子を確かめに来ただけですのよ!」
老いた侍女が、護衛のヴェラ兵と言い争いになっていた。
「どうした、騒がしいぞ」
「この女が、部屋の前でこそこそとしておりました!」
兵士はこの部屋の前で警護の為にいたのだが、所用で寸刻その場を離れた。
そして戻ってみると、彼女が部屋の前で静かに立っていたというのだ。
「先ほどのご様子からして、かなりお疲れではないかと思いまして、クルル・レアのお茶でも用意致しましょうかと、ええ、それだけなんですのよ。それなのに、この兵隊さんが乱暴に…ああ、怖い!」
老侍女はがたがたと身体を震わせている。
「本当か?」
「まさか! その、多少肩を掴んだりはしましたが、危害を加えるつもりではありませんでした!」
ヨイデボウロは、ふーっと息を吐いた。
「お前がちょっとのつもりでも、女性は恐怖を覚える場合がある」
しゅんとして、兵士は後退りする。
「うちの兵が粗野な真似をして申し訳ありません。今後このような事が無いよう、彼も含めて我が兵全員に言い聞かせます故、お許しください」
「ふん、まあいいわ。私も少々取り乱したかしら!」
「ええ、それで、ええと…」
「私、侍女のインバイと申します」
「ああ、インバイさん、お茶を入れてくださるという事でしたね。少々お待ちを」
ヨイデボウロは部屋の中へ顔を戻し、ムリューシアと目を合わせた。
「その声は聞き覚えがあるわ。さっき玉座ですれ違った人よ、心配ないわ」
お茶を断るのも角が立つからと、ムリューシアは小さな声でいただくわと答えた。
「ええ、ええ、それでは早速ご用意致します!」
インバイは身体を低くかがめ、ちょこまかと走って行った。
「あの婆さんに話を聞かれたなんて事はありませんよね?」
「そこまで大きな声で喋ってた訳じゃないから、問題ないわ。単なる侍女でしょ」
“ ユーメシアさえいなければ″
確かにインバイは聞いた、聞き間違いなどでは無い。
ちょこまかと、しかし脚を速める。
とんでもない事が起きる。
しかし、どうする?
この老いた身体に何が出来る?
ユーメシアの計らいにより、父王フリエダクと次女マクミン、その恋人センティオロは、あらためて顔を合わせた。
センティオロはクルル・レア軍の鎧を脱ぎ、普通の若者の姿で国王と円卓を囲んだ。
とはいえ、やはり緊張で顔面が紅潮している。
フリエダクの後ろにはユーメシアが控えている。
武器になるような物は父の周りに一切置かず、更に、
「センティオロに暴力をはたらこうとするなら、またキューボをよびますからね」
と釘を刺しておいた。
薬で眠らされ、皆の前で倒れるという無様な姿を再び晒すのは流石に嫌だ、とフリエダクも分かっていた。
「その、マクミン…先程は、すまなかったとセンティオロに謝ってくれないか」
「父上、センティオロは目の前にいるんですよ? マクミンに頼らず、ご自身で詫びを入れてくださいませ」
「あ、ああ…」
王としてか父としてか、これがまた無様な姿だとは気付いていないフリエダクだったが、ユーメシアにビシッと諌められ、仕方なく言葉を出した。
「センティオロ、その、すまなかった。あれはあくまで脅しのつもりで、しかし、やってはいけない事だったかも知れない…」
歯切れは悪いし、本気で斬るつもりだった事は誤魔化しているが、精一杯の謝罪だとユーメシアは及第点を付けた。
彼女は妹の様子を伺ったが、マクミンも落ち着いた表情をしている。
今回はムリューシアを同席させなかったが、正解だとユーメシアは思った。
彼女に下手に長話をされると、おかしな方向へ行きかねない。




