第7章「フリエダクの葛藤」【3】
気分が悪くなったマクミンは医務室へ直行し、意識を失ったフリエダクは自身の部屋へと運ばれた。
キューボが使って飛び散った粉末により汚れた絨毯を、インバイが丁寧に清掃したいた。
その様子をキューボが申し訳なさそうに眺めていた。
「あなたはいいのよ、キューボ。自分の仕事に戻ってちょうだい」
ユーメシアにそう促されたものの、まだ彼は居心地が悪そうであった。
「いい、キューボ? あなたは父上との約束を守っただけなの。ただ、これを実行出来るのはあなただけだったという話なの。気に病む必要は無いのよ」
「そうだよ、キューボ。他の若僧たちじゃあビビって何も出来ないだろうけど、あんたくらいのジジイは怖いもの知らずだから王様も任せたんだ。褒められこそすれ、怒られる謂れはない」
姫と侍女の二人はそう言うが、やはりキューボの不安は晴れなかった。
センティオロとムリューシアの為に用意された客間は、二人では勿体ないほどの広さであった。
ベッドは二台だが、その一台がとても大きく、大人が三人は寝転がる事が出来そうだ。
ただ、ここにセンティオロはいなかった。
いるのはムリューシアと、彼女の前に跪く中年男が一人だけ。
「それはまた、恐ろしい経験をされましたな。ご無事で何より」
「ええ、流石に肝を冷やしたけど、終わってみれば大した事は無かったわ。お妃様のあの行為に比べたら可愛いものよ」
「ああ、あれは大変でしたからなあ」
感慨に耽る中年男。
それより、と彼は声を潜めた。
「今の所、順調だと考えて宜しいのですな?」
「もちろん、至極順調よ。私の描いた脚本通りに事が運んでいるわ」
「センティオロの働きあってこそ、ですな」
ぎろり、とムリューシアが中年男を見下ろした。
「あ、もちろんムリューシア様の…」
「そうなのよ! 私のセンティオロが、私の言った通りに役目を果たしてくれているのよ! こんなに幸せな事はないわ!」
良かったのか。
では、この先もセンティオロを持ち上げる方針でと中年男は心に決めた。
「私の事より、あなたの方はどうなのかしら、ヨイデボウロ?」
「私の方も事が良い方へ進んでおります。兵の数が予想の倍以上まで集まりました」
ムリューシアは音が大きくならないように軽く拍手をした。
「それは心強い。流石はヨイデボウロです。これからも頼りにしていますよ」
「まことにありがたきお言葉。不肖ヨイデボウロ、これからも未来永劫ムリューシア様にお仕えする所存にございます」
本当に嬉しそうに、ヨイデボウロはあらためて頭を下げる。
国王フリエダクは、自室のベッドで目を覚ました。
枕元にはユーメシアが控えていた。
フリエダクはぼんやりと辺りを見回している。
「そばにいてくれたのか?」
「そろそろ起きる頃だろうとホッテテから聞きましたので、先程から父上の寝顔を観察しておりました」
それからフリエダクは、少しずつ記憶を呼び起こしていた。
「そうか、私は玉座であの親子を手にかけたのだな…」
薬で無理矢理眠らされたのが原因か、記憶が混濁しているようだ。
「ご心配なく、父上。父上は誰の事も手にかけてはおりませんよ」
その前にキューボが間に合ったと、娘から教えられた。
「ふうむ、そうか。それはホッとしたような、残念なような…」
「父上、手にかけられなくて残念などとおっしゃってはなりませんよ。国王たるもの、人の命を軽々しく扱ってはなりません」
「分かっておるが、あの時自分では止める気などまるで無かったのだ。あの時に考えていた事といえば、遺体をどうやって処理しようか、絨毯が汚れるから交換せねばならんとか、お前の母は喜んでくれるだろうかとか…」
「父上。母上はそのような真似をしても、絶対に喜びませんよ」
「そ、そうか、喜ばんのか…?」
「むしろ怒るでしょう」
「ああ、それは困るな。アレが怒るととにかく説教が長いからなあ」
「キューボにお礼を言ってくださいまし」
「アイツにも迷惑をかけたな」
「ムリューシアとセンティオロにはお詫びを入れていただけますか?」




