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第6章「道場を守れ」【9】

 よもやヴェラ国の側室が他国の本城を訪れようとは夢にも思うまい。


 側室の馬車には、ヴェラ国の紋章は刻まれていない。


 どこまでも妾であり愛人なのだ。


 しかし馬車の中にいる本人は違う。


 ムリューシアは長い黒髪を幾重にも畝らせ、赤が基調の遠くからでもすぐに見つかるような派手なドレスに身を包んでいた。


 彼女の向かいにはセンティオロが座っている。




 ヴェラ国の側室とクルル・レアの正規兵が母と息子という組み合わせで、国王フリエダクに謁見を求めて訪れたのだから、本城の誰もが目を白黒とさせていた。


 本城の大きな門を通過して入り口の長い階段の前で馬車は停まった。


 ヴェラ兵の一人が馬車の扉を開けると、ムリューシアとセンティオロの二人が迷いなく降り立った。


 二階からこっそりとその様子を窺っていたインバイは、身体中にぞわぞわと寒気を感じていた。




「えっ、何? もう一度言ってちょうだい」


 軍で使用する馬を育成する為の牧場がこのほど改築工事を終え、晴れて落成式となった。


 そこに公務として呼ばれていたユーメシアは、式の最中にその報せを受けた。


 伝令の言葉ははっきりと聞き取れたものの、意味が全く理解出来ず、彼に二度三度と聞き返すのであった。




 ただこの事実、マクミンにとっても寝耳に水だったのだ。


 姉姫とは別の場所で公務に励んでいた彼女だったが、その報せを耳にして、血の気が引く思いがした。


 公務の途中であったが急遽退席し、本城レジョメコウへ戻るのであった。




 先に本城へ辿り着いたのはマクミンである。


 出迎えたインバイから、既にムリューシア親子は玉座の間でフリエダクと謁見中であると聞かされた。


 焦るマクミンであったが、身重である故インバイは彼女をゆっくりと歩かせる。


「マクミン王女のご到着です」


 玉座の間の扉が開けられると、そこにはフリエダクを前に跪くムリューシアとセンティオロの姿があった。


「おお、マクミン。どうやら間に合ったようだな。さあ、ここへ来なさい」


 今までこの中の空気がどのようなものだったかを知る由もないが、助けを求めるような王の表情が全てを物語っていた。




 立ち上がり、マクミンの方へ振り返ったセンティオロは、いつものようにクルル・レア兵の鎧を纏っている。


 それでも彼がいつもと違って見えたのは、その佇まいからであろうか。


 明るく気さくなセンティオロではなく、どこか物憂げな表情がマクミンの心をざわつかせた。


「センティオロ、一体これは…」


「驚かせてしまったね、マクミン。急に本城へ現れて、しかも母上まで一緒なのだから。でも心配しないで、今日は正式にフリエダク王へのご挨拶にやって来たんだ」


 すると同じくムリューシアも立ち上がってマクミンの方へ振り返った。


 マクミンへ向けられたその顔には、満面の笑みが浮かんでいた。


「初めまして、マクミン王女。私、センティオロの母ムリューシアと申します」


 ムリューシアはマクミンに深々と頭を下げ、再び跪いた。


 マクミンは固まったままだった。




 本城へ急いでいるのは、キューボも同じであった。


 まさか、である。


 単なる田舎出身の平凡な男だと思い込んでいたセンティオロが、まさかのヴェラ国王の血を引いていたとは。


 もっと深く調べ上げるべきだった、手を抜いてこのような事態を招いてしまった。


 この責任をどうやって取るべきか、しかし何も考えられぬまま馬を走らせるのみであった。




 遅れてユーメシアも本城へ着いた。


 道中、沿道の民衆は面白いものでも見たかのように高揚していた。


 ヴェラは隣国であるが、国同士の交流はさほど多くない。


 だから彼らも久々にヴェラ兵を見たと、喜んでいるのだろうとユーメシアには思われた。


 馬車を降りたところで、別の侍女が数人慌てて突撃してきて、取るものもとりあえず彼女を玉座の間へ連れていく。


 玉座の間の扉は開けられたままで、中から話し声が聞こえてくる。


 しかしそれは、まるで聞き覚えの無い女の声であった。


 これがセンティオロの母なのか。


 だがしかし、そもそもユーメシアはセンティオロとも会った事がないのだ。

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