第6章「道場を守れ」【7】
本城の政務官の一人に、マクミンの予定にズレが生じる事への調整を頼み、ユーメシアは遅れる事なく公務へ出発した。
馬車の窓からいつもの風景を眺めながら、彼女はふと思う。
最近は国王フリエダクが公務へ参加する数もめっきり減っている。
高齢によるものだと言ってしまえばそれまでだが、マクミンが休みがちである事も合わせると、自分一人に皺寄せが来ているのではないかと、いや実際にそうなのだから、気分が晴れない。
第一王女を見送ったインバイは、少し曲がった腰のままちょこちょこと走っていき、ホッテテのいる医務室へと駆け込んで行った。
いきなり扉が勢いよく開いたのでビクッと振り返るホッテテだったが、それがインバイだと分かると、ふーっと息を吐いた。
「驚かさんでくれ、こんな時に」
「ビクビクしなさんなって。それで、結果は出たのかい?」
「まあ、そうだな…十中八九間違いなかろう」
「なるほどねえ。これは、これは…」
「まずはマクミン姫本人にお伝えするとして…次は?」
すると呆れたようにインバイが被りを振る。
「何を悩んでいるかと思えば。そんなもの、ユーメシア姫一択だろうに。あんたは勉強が出来るくせに、その辺の巡りがとんと悪いね」
だがそれでユーメシアがすんなり受け入れてくれるだろうかと、ホッテテは視線を落とすのだ。
「心配しても仕方ないわよ。こうなった以上、私らの出来る事をやるだけさ」
老医師と老侍女の密談は、その後も続いた。
午後になり、ユーメシアが参加する会議の席に、マクミンが現れた。
小言を一つでも二つでも三つでも叩きつけてやろうと思っていたユーメシアだったが、妹が本当に血色の悪い顔をしているのを見ると、それも出来なくなってしまった。
「一体どうしたのよ、そんなに体調を崩すだなんて」
単に夜更かしだけでこんな風になるとは考え難い。
「姉様、ごめんなさい。でも、公務に出られない程じゃないから、この後は私も働くわ」
例えば今日一日マクミンの公務が中止になると、後々の調整で日程がかなりキツくなってしまう。
妹の具合は心配だが、出来る限りやってもらいたい所である。
「無茶をしないで、一つでも二つでもこなしてちょうだい。政務官と相談して、これから予定を入れる場合は少し緩めてもらうから」
そうでもしなければ、こちらも身体が保たなくなってくる。
自分の公務へと出かけていく妹の後ろ姿を見送りつつ、ユーメシアはすぐさま会議の席に着く。
それから数日後。
「妊娠⁈」
普段の五倍以上の声を出してしまった事に自分でも驚いたユーメシアは、慌てて自分の口を手で塞いだ。
目の前のマクミンは、顔を真っ赤にして俯いている。
丸く見開いていたユーメシアの両目が徐々に細くなり、厳しくマクミンを見下ろしていた。
「ユーメシア様…」
マクミンに助け舟を出そうとしたインバイを片手で制したユーメシアは、もうしばらく部屋の中を静まり返らせた。
そして、
「インバイ」
「はい、姫様」
「今すぐキューボを召集しなさい」
「はて、キューボを? あんなむさ苦しい諜報員を呼び付けて、一体何をなされるおつもりで…」
インバイにもユーメシアの厳しい一瞥が撃ち放たれた。
「いいわ、きちんと言ってあげる。兵を集めてセンティオロを本城まで連行させるのよ」
ハッとマクミンは顔を上げた。
「姫様、そのようなやり方では大事になってしまいますが…」
「これが大事にせずに済む話だと本気で思っているの? お父様の前で断罪させ?のよ、あの身の程知らずに!」
今度は声が大きい事など気にも留めていない様子だった。
椅子からよろよろと立ち上がったマクミンは、姉姫の前に跪くのだった。
「姉様、断罪だなんて、酷い…。私たちは悪い事なんて何もしていないわ。ただただ本気なのに。どうして祝ってくれないの?」
「お父様がどんな顔をなさるかしら。あなたは想像出来るの?」
見合いでも婚約でも結婚でもなく、いきなり懐妊の報告をされた時、国王フリエダクの心中やいかにといった所か。




